第534話 現在の中原

 馬の国は後でルタと行こう。遠駆け――アッシュも誘って。


 馬でのお出かけと、昼間の食事はよくしている。が、いっさい進展はない。ティナと肉屋の息子の方が進んでいる疑惑。一体何をどうすれば進むのか、進むってなんだ? 


 どう考えても原因は俺なんだけど。とりあえず親しく交流はできてると思う、胃袋も掴んだ! と、思う。さあ、これからどうしたらいい? ――考えた結果、思い浮かばなかったので現状維持です。


 将来一緒に過ごすならアッシュがいいし、20年後とかに一緒にいる生活はなんとなく想像できるんだけど、過程がまったく浮かばない俺です。


「馬の地の先に行く時、アッシュ誘ってみようかな……」

カヌム周辺にアッシュが狩ってる熊が少なくなってきたみたいだし。ウサギは狩っても狩っても増える速度のほうが早くて減らないんだけど。


「ノートがいい笑顔で固まってるからやめて差し上げろ」

「吐血の幻覚がみえるわぁ」

ディノッソとハウロンに止められる。


「心配ならノートもついてくればいい」

手を出す甲斐性がないんで心配の必要ないです。


「……」

油の切れた人形みたいな動きで、執事が顔の向きを変える。


「俺を見るな」

レッツェが全力で執事から目を逸らす。


「ナルアディードに届いたメール小麦の受け取りやらあるから、アタシはついていけないわよ?」

次に執事が見たのはハウロン、そして目があった時の答え。


 人の恋路には不干渉な大人。


「俺は今、肉屋の息子をどうするかで忙しい」

ディノッソ。


 肉屋の息子大丈夫? 王狼さん、大人気ないですよ。


「ところでジーン。アナタの気にしていた女海賊さん、シュルムの隣国に食い込んだわよ」

ハウロンが執事放置で話題を変える。


 女海賊……。


「レディ・ローズ?」

ちゃんと覚えてる。覚えてるけど正直、海鳥くんの印象のほうが濃い。


「ええ。シュルムの南東にある、ほとんどシュルムの属国のような立場の国ね。海に面した土地を全部他に押さえられて、目立った産物はなし。ぱっとしない国なんだけど、ぱっとしないからこそいいのかもね」

何だかハウロンの顔もぱっとしない。


「一番近い港を避けて、遠回りしてわざわざ陸路で食料を運んでるみたい。ついでに武器もかしらね」

「その辺って旱魃の影響あるの?」

シュルムのあたりは豊だって聞いてるんだけど、食料?


「元々シュルムの下は風の精霊の恩恵から少し外れてるのよ。それでも海沿いの国ならば、漁業やナルアディード方面からシュルムへ行く途中の寄港地で人と物の出入りが多少。でも内陸はね」

どうしようもないんですね?


 そういえば中原のあたりって、木々も少なくってまずい感じの地域なのに、風の精霊が運んでくる土のお陰で肥えてるんだったな。海に面した領地も手に入れられず、豊かな土地もない。陣取り合戦に負けた国なんだな。


「シュルムはその国に回していた小麦を減らして、高く売れるほうに流してるって話だな」

レッツェが言う。


 うん。旱魃の内海に面した国々は小麦を高く買ってるね。


「シュルムの方じゃ相手にもしてない、みたいな感じ?」

だいぶシュルムに侮られている国の気配。


「そう。――それに前面に出ているのはアメデオだけれど、ローザたちは相変わらず中原の国々に恩を売りながらシュルムに向かって移動してるわ」


 あー。中原側から進むローザたちとは別に、大事な局面でその国にシュルムを裏切らせる目論見?


「引き抜きたい人材が時々被ってうっとうしいのよね……」

ボソリとハウロンが呟く。


 なるほど。絶賛侵攻中のシュルムにローザたちをぶつけときたいけど、そのローザたちが邪魔なんだ。シュルムがカヌムのほうまでちょっかいかけてくるようになるのは面倒だけど、ハウロン的には今現在ローザたちのほうが邪魔か。


「先回りしてスカウトするとか?」

「相手は自分の国が滅亡した時からあちこちに仕込んでるのよ? あんまり派手に取り合って、この建国の時期に勇者に興味を持たれたら面倒だし」

ため息をつくハウロン。


 そういえば、カーンとハウロンの国造り人材発掘ヘッドハンティングはここ最近でしたね。むしろローザに先回りされまくってた。


「国より勇者が邪魔なんだな」

ディノッソが言う。


「国相手なら、必ず準備段階があるわ。一見そう見えるかもしれないけど、準備なしにいきなり来て1日で破壊されるなんてことない。でも勇者はあるでしょ。愚痴も言いたくなるわ」


 前振りがあれば対処できるって言ってるな、さては?


「突然現れて『王の枝』を掘り出すヤツもいるし、力を持った身軽で自由な個人には対処不能だわな」

ワインを飲みながら半眼でいうレッツェ。突然の飛び火!


「俺は戻したもん」

ちゃんと元の通りに埋め戻しましたよ! 持ち主もいなかったものだし――いや、馬の群れのリーダーが持ち主だけど、本馬にその気はなかったし。


「個人的には『王の枝』を埋めるのはおやめいただきたい……」

執事が力なく呟く。


「俺も砂漠から掘り出された『王の枝』か……」

難しい顔をしてボソリとカーンが呟く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る