第537話 手長エビ
ナルアディードで出る手長エビ君は、川で獲れる小さなおつまみに唐揚げにされるあれではなく、海で獲れるそこそこ大きなエビ。殻が柔らかめで、殻ごと半分に切って料理されてることが多い。
ナルアディード周辺の名物で、初めて食べた時はシンプルなニンニクと塩とオリーブオイルのパスタだった。あの手長エビは甘味が強くって、ぷりっとしておいしかった。
で、今回。
「本日はナルアディードの名物手長エビを、手に入れることが難しい大変希少なルビーのような果実のソースでパスタにしました」
料理人が自慢げに運んできたのは、明らかにトマトソース。思わず真顔になる俺。
「青の精霊島発祥の、上流階級で密かに流行り出しておりますが、傷みやすい故にフレッシュなものはこの辺りでも滅多に口にできません。本日はソレイユ様のご好意でご用意していただいたものを調理いたしました。ごゆっくりご賞味ください」
そう言ってにこやかに去ってゆく店員。もしかしたら料理長? コック服とかないんでわからないけど。
「外してごめんなさい……、珍しく、ないのね……」
ソレイユがツイっと視線を逸らす。
「いえ、珍しいのよ。とても珍しいと思うの」
「ええ。私どもにとっては、手長エビの方が珍しいだけでございます」
ハウロンがフォローして、執事がトドメを刺した。
「美味しければいいと思います」
あと俺的にはトマトは野菜です。
ハウロンにもソレイユにもトマトは野菜だって説明してたんだけど、どこかで伝言ゲームにミス発生、この世界では果物になりそうです。
でも野菜と果物の差がはっきり答えられないんで黙ってます。そもそも実が「ちゃんと実です」ってのと、「え?
もうトマトみたいな色鮮やかなのとか、甘いやつは果物でいいです。だからせめてナスとキュウリは野菜でお願いします。でも白ナスとかズッキーニの黄色いのもあるしな……。困る。
そして、前はエビが主役だったのにトマトが前面にでまくってるんですけど! もうちょっともうちょっとバランスを考えて!
「後で、テナガエビの大きなものを用意するわ……」
ソレイユが俺を見て言う。
「お願いします」
トマトをよく炒めて甘味を出した後、半分に切って塩をしたエビの断面を下にして入れれば、ミソと塩味がトマトソースに染み出して――パスタはちょっと楕円につぶれたリングイネくらいで。
なんて考えてたら、ハウロンが口を開いた。
「青の精霊島の『赤い宝石』ってこのトマトだったのね。果物と伝わっていたし、また別のトマトなのかと思っていたわ」
四角く切られたトマトにフォークの先で触れるハウロン。
この世界、『トマト』自体はあるんだよね。毒で観賞用に栽培されてるんだけど。
「しかしこれで、ソレイユ商会長がジーン様と大変親しいことは理解いたしました。このトマトを出したことは、けして失敗というわけではございますまい」
パスタを口に運ぶ執事。
「ジーンにも女っ気があったのねぇ」
ハウロンが片眉を上げてこっちを見る。
からかう気が少し、意外な気持ちが大部分って感じか?
カヌムで男性率が高いだけで、ちゃんと女性の知り合いもいる、いるんですよ! ソレイユとかファラミアとかマールゥとか。ソレイユとは下着姿を見たくらいの仲です。
「なるほど、時々漏れるジーンという名前はそちらで名乗っているのね?」
ソレイユが納得して、こちらを見る。
「そちらで……。こっちではなんと名乗ってるの?」
ハウロンが聞きとがめて、こちらを見る。
「ソレイユ。ソレイユ・ニイとかニイ=チャンとか」
いや、ニイ=チャンは使ってはいないか?
「……青の精霊島の領主と同じ名前ですな」
ソレイユの方を見つめて言う執事。
ソレイユが青の精霊島の領主だという話は大々的に伝わっている。そうは言ってもカヌムの一般人には伝わってないと思うけど。執事は一般人じゃないから。
「ニイ様が領主よ。――と言っても、いつの間にか私が領主ということになるのでしょうね」
そのへんはもう諦めているらしいソレイユ。
「領主……。カーン殿のようなことだと思っておりましたが……」
「直接好き放題してるのね……?」
「気のせいです」
執事とハウロンが何か言いたげだが、聞かないぞ!
「ああ……。お二人とも、とても親しいのですね?」
そんな二人を見て、声を震わすソレイユ。
ちょっとソレイユ、なんか少し感動してない? なんで? 気のせい?
「アウロとキールを紹介してくれたのが、そこのノートだぞ」
二人も呼べばよかったかな?
「アウロとキールを――。あの二人は私の友人でもあります、どういうご関係か尋ねても?」
執事に向かってストレートに聞くソレイユ。
どう考えても暗殺仲間なんだが、大丈夫かその質問?
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