第538話 商売の場
「単なる仕事上の知り合いにございます。情報を集めて、
執事、単語のチョイスが不穏になりかけたぞ。紹介してくれた執事が、なんでそんな驚くのか。
でもまあ、チェンジリングは色々興味が薄いから、長続きすることは稀なのかな? 菓子の争奪と、島の防御を固めることについては物凄く生き生きしてるけど。
「こちら、トマトを特別なオイルで。樹齢50年を超える木から満月の日に摘んだオリーブの実から作ったオイルです」
次に出されたのはカプレーゼ。トマトとバジルと白っぽいチーズ、そして店員さんが言うように薄緑色のオリーブオイル。
満月の日に摘むの、特別なんだ? 確かに普段より精霊が多そうだけど。それに、満月の日と新月の日は、珍しい精霊が姿を表すことがある。
そしてこれ、俺がトマトを広めるために料理の例でいくつか出したやつが、アレンジされて出されてるな?
トマトが普通に出回れば、珍しさ優先ではなく味優先の料理が増えてくれそう。――俺の野望に一歩近づいた!
「ここは風景がいいわね。でも大事な話をするには人目が、ね」
海ではなく、ガラス越しの店内を物憂げに眺めるハウロン。
「ここは普通の声音で話す分には中の者に聞こえませんし、精霊に言葉を届けない仕掛けがあるので、商談をするには便利な場所なのだけれど」
ソレイユも少し戸惑ったような困ったような反応。
「叫ぶのにも、突っ伏すにも向かぬ場所でございますな」
執事が言う。
「叫びたいのか?」
海に向かってばかやろー! って叫ぶやつ?
聞いたら三人揃って頷いた。
どうしよう、俺がエビ料理に不満をぶつけてる間に、なんかいきなり青春っぽいぞ? 若さゆえの苛立ちとかそんな? 三人中二人老人だけど。
「ハウロンなら大声出しても聞こえないようにできない?」
俺がやってもいいけど、しない理由が何かある?
「できるわよ。でもそれをすると、痕跡が残る。ここ、隠しているみたいだけれど、商業ギルド直属よ? 妙な勘繰りをされたくないわ」
ハウロンが肩をすくめる。
「ナルアディードでは商業と海運ギルドが力を持ちますからな」
執事。
ああ、商業ギルドの
なるほど、手を出さない方が無難なんだな。でも直営隠して、商業ギルドは何やってるんだろ。商売敵に聞き耳を立てられない場所の提供? それとも自分で情報収集のため? 前者と後者でだいぶ印象変わるけど。両方かな?
「叫べる海はいっぱいあるしな」
誰もいない海岸で叫ぶのがいいと思う、うん。
「ええ、本当に。叫びたいことは尽きそうにないわ」
「叫びたいわけじゃないのよ……」
短い間にすごく分かりあった雰囲気のソレイユとハウロン。二人に理解のある顔でうなずく執事。
なんだろう? 姉妹かな?
デザートのお菓子が運ばれてきたので、詮索は中断。俺の顔より大きな円の形をしたクッキー。いや、これナルアディードでよく見かけるやつの大きいのだな? 材料は卵、小麦粉、砂糖――ビスケットなんだけど、見た目はなんかクッキーっぽいんだよね。
「こちらソレイユ様にご提供いただきました、メール小麦で焼いたブッソイラでございます。ブッソイラを分け合った相手とは、商売がうまく行くと言われておりますので、ぜひ皆様でご賞味ください」
店員さんの説明。
「デザートをいただいたら、船に移動しましょう。昨日着いた、キャプテン・ゴートの船が停泊しているわ。メール小麦の実物をご覧になってください」
メール小麦で商売スイッチが入ったのか、ソレイユが艶やかに微笑んだ。
「きっとこの取引はうまくいくわ。それに、取引以外でも付き合いをお願いしたいわ――なぜか他人とは思えないもの」
他の男が言ったらキールがショックを受けそうだけど、ハウロンが言うとやっぱり姉妹なのかって思うよね。
「大きいと、小さいのとは食べた感じが違う」
このブッソイラは外側はかりかりほろほろ、大きいせいか中はまだしっとりずっしり。その辺で買える小さいやつと違う。
「昔は春の昼と夜が同じになる日に家族やみんなで分け合って食べてたからこの大きさなのよ。いつの間にか手軽な小さいやつの方にとって変わられたけれど、この大きさのものも商売の習慣として残ってるのね」
物知りハウロン。
「俺こっちの方が好きだな。切るの難しいけど」
ナイフを入れると、最初サクッとするんだけど、突然ぼろっと崩れる。でもこのほろほろ加減もまたいい。
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