第491話 大賢者の提案

 小麦の受け渡しは7日後になった。


 ソレイユの船は小さい。だからナルアディードと飛び地への港、時々マリナやタリア半島の国々に商品を運ぶくらいで外海には出ないのだが、それなりに航海の予定はある。


 船に積める分よりたくさんあるんだけどね。さすがに市場にそんなに流したら、どういうルートで手に入れたのか色々調べられるだろうってことで、わざわざメールの地に向かう海峡まで移動して受け渡しということになったのも延びた理由。


 そういえば小麦も広めるべきかな? こっちの小麦は茎が長くって、すぐに倒れるし、実の付きも少ない。『食糧庫』の小麦と掛け合わせれば、多分味だけじゃなくって収穫量も上がると思う。


 畑を広げないとダメというハードルがあるけど。力も体力もあるから畑を耕すのは平気なんだけど、管理がこう……。精霊が手伝ってくれるからだいぶ楽なんだけど、油断すると黄金の麦とかできてそうだしな。


 あ、米、米も作りたいというか、米はカーンのところで作ってもらいたい。


「そういうわけでお願いしに来ました」

「……どういうわけだ」

カヌムの借家にカーンに会いに来た。


 あったかくなって来たから活動的になったっぽくって、留守が多かったけど幸い捕まった。カーンがいるのでもちろんハウロンもいる。


「カーンの国でお米を作って欲しいんだけど」

エスの米と掛け合わせて――エスの米寄りならカーンの国でもできると思うんだ。


「俺の時代にも作っていた綿花とメイズ――トウモロコシ、ハウロンが勧める小麦を作る気でいたのだが……」

カーンの言葉がトウモロコシ、トウモロコシって聞こえかけた。トウモロコシのことメイズって言ってたのか。


「米もお願いします」

「わかった、作り方を知る者を集めよう」

頷くカーン。


「すぐには無理よ? 今、人を集めている最中だけれど、同時に当面の物資を集めてるわ。エスの神々のおかげで、豊穣の地なることは約束されたようなものだけれど、収穫ができるまでの期間、民を養う食料がないと。――今、タリアやカヴィル半島の周辺は旱魃が起きてるの。なかなか新しい販路を、とはいかないわ」

ままならない状況らしく、ため息をつきながらハウロンが状況を説明してくれる。


「ああ、小麦ならでっかい船二杯分くらい提供できるぞ」

「何でそんなに持って……。ああ、メール」

ハウロンが小麦の出所に思い至ったらしい。


「メール小麦って最高級品じゃない! それを当面の食料にする人間がどこにいるの! 売って普通の小麦ちょうだい!」

「だって、色々お膳立てしないと安心して売れないんだもん」

一番いいのはメールの港まで船を出して、そこから積み込むのがいいんだろうけど、海峡に魔物出るし、頼みづらい。


「アナタ、メールの地にいけるんでしょう? そこでメールと交渉に失敗した船とか捕まえなさいよ! 足元みた値段の提示をしても、空船で戻る馬鹿はいないわよ!」

「ハウロン、頭いい!」

さすが大賢者!


 よし、メールの地の先を探検するついでに行ってこよう。ちょうどいい船を探すのに掛かるかもしれないけど、気長に。で、ソレイユに売ってもらえばいいよね! 解決!


「……ものすごく機嫌よさそうね。役に立てて嬉しいけれど、これもまた能力の隠蔽のためだと思うと、魔法の練習のことを思い出して微妙だわ」

がっくりとして頭を抱えるハウロン。


「そういえば、国の方は進んでるの?」

「中原からは、戦に飽いた者、国を失った者から優秀な者とその家族を何人か移した。暑さに慣れたエスの者たちも欲しいが、すぐに移す必要はないので後回しになっている。養えるほどの食料が手に入らなかったのでな」

カーンが言う。


 人を集めるついでに色々現在のことを学んでいるらしい。新しい技術も魔法の利用法も取り入れたいみたい。滅びた火の文明のほうが優秀なことも多いそうだけど、火の精霊の勢いが落ちて大規模なものは使えないものも多いんだって。


「とりあえず当面の食料については解決しそうね。食糧不足の地域からも引き抜きやすくなったわ」

色々頭の中で算段してるらしいハウロン。


 ハウロンも名前が売れてるだけじゃなく、あちこちに貸しがあるんで、人を集めやすい。住まいは家具なしだけどあるし、主食にできる小麦も俺が提供できる。本格的に国が始まりそう。


「俺の米普及のためにも、国の復興頑張って」

「俺の持ち主、もう少し壮大なことを言え」

片眉を跳ね上げて言うカーン。


「……ううう。民に食べさせることは大事なことだわ。大切なことだけど、でもなんでこんな軽そうな感じに詰まってた問題が解決するのよう」

ハウロンが泣いている!


 解決したならいいじゃないか。

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