第442話 話し合い開始

「いい匂いだね……」

クリスが起き出す、まだ少々お疲れ顔。


「ん……」

動く気配が増えたせいか、アッシュが身じろぎして目を覚ました。


「おはよう、アッシュ。良かった」

【治癒】をかけて治っていることはわかっていたけど、それはそれ、心配はする。


「おう、無事で何より!」

ディーンがワインのジョッキを持ち上げて言う。ジョッキ愛用者なディーンはビールもワインもジョッキだ。


「ああ、宵闇の君……幻覚かと思っていたよ」

クリスの俺の呼び方が怪しくなってる、食わせたらまた寝せないと。というか普段は頼みを守ってジーン呼びだったんだな。


「ジーン……? ここはカヌム――ではないようだな」

訝しげなアッシュ。


「アッシュ様、肝が冷えました」

そう言いながら執事が、布団に身を起こしたアッシュにお茶を渡す。


 あ、本格的に起き出す前に寝床でお茶っていいな。今度やろう。


 ――そしてそれぞれ、起きた途端にトイレに行く。精霊に頼んだのは寝ている間だけだった。


 ◇ ◆ ◇


「ああ、もうジーンの料理からは離れられないよ!」

目の端に涙を浮かべながら雁肉を頬張るクリス。


 結局、個人のリクエストを聞いて料理を出している。過去に作った料理は大抵【収納】に余りがある。特にクリスの白色雁はこれでもかというほどある。布団のために乱獲したからね!


 雁は鴨と似た味。皮をぱりぱりに焼いたやつも美味しいんだけど、クリスはしっとり派。バルサミコソースか、ベリーソース――かなり酸っぱくって少し渋みのある赤黒い実を煮詰めて、少しまろやかにしたもの――をかけて食べるのが好きなのだそうだ。


「ああもう、ピンチになる前からジーンの肉とパンが食いたくって、食いたくって」

「うむ」

パンを食いちぎっているディーンにうなずくアッシュ。


 ディーン、その言い方は俺が料理されて肉になってるみたいだからやめろ。


「アッシュは何が食べたい?」

テーブルでお茶を飲み終えたアッシュに尋ねる。


「骨つきの鳥の入った野菜スープ、は、あるだろうか?」

食べたい物を記憶から引っ張りだしているのか、探るような言い方。


「スープは透明?」

「うむ。塩と胡椒、コンソメだった、と思う」


 手持ちの中からそれらしい物を出してテーブルへ。途端に笑顔のアッシュ。大きく表情は崩れないんだけどね、アッシュ的には満面の笑みだと思う。


「懐かしい」

野菜スープを口に運ぶアッシュ。


「懐かしい?」

「焼いたウサギとクッキー。この野菜スープはアズの解放を願い、倒れた後に」

「ああ、そういえばあの時出したのと同じだな」

暖炉に放置していればいいので、この野菜スープはよく作る。鶏がベーコンになったりするけど、基本一緒。


「なんだ甘酸っぱいぞ!」

わははと上機嫌で笑うディーン。すでに酔っ払ってきたぞ!


「……元気だな、お前ら」

レッツェが起きた。


 そしてトイレに。


「さて、レッツェは何を食べるかな?」


 レッツェのリクエストはコーンスープでした。スイートコーンをたっぷり、生クリームもたっぷり。裏漉しして、コーンの粒を追加。


「果物よりも甘い……? トウモロコシの皮がこれだけ気にならないって、どうなってるのかしら……」

せっせとスープを口に運ぶレッツェ、それに興味を示したのでハウロンにも出した。


 こっちのトウモロコシ、ポップコーンができるくらいの硬いやつか、8列くらいしかないスカスカな変わったやつしかないしな。甘さの具合は穀物です! よく味わえば甘い気がします! みたいな。


「よし、食った。ジーンの食の誘惑が強すぎるが、ディーンがこれ以上酔っぱらわねぇうちに話すべきことを話そう」

皿を空にしたレッツェ。


「結果を確認するために戦闘にも加わらないで見ていた者がおりますな。ただ、精霊は連れていなかったようです」

「じゃあ、ちっと時間あるな」

ほっとした顔をするレッツェ。


 それは俺が黒精霊をけしかけたヤツだろうか。距離を取ってたっぽいけど、二人とも気づいてたのか。精霊連れてないと時間があるって言うのは何だ? 


「精霊が側にいないってのは、魔法使いじゃないってこと。雇い主との連絡用の魔法陣を持っていたとして、黒精霊がわらわらいる場所で使うと、手を貸す精霊が途中で襲われて不発に終わることがある。使うなら黒精霊の少ない森の浅い場所まで出る」

俺の顔を見てレッツェが説明してくれる。


「なるほど?」

この辺すぐにピンとくるようにならないといけないんだろうな。


「どっちにしてもアンタたち、死んでることになってそうよ? ギルドの誓約の控えが、真っ黒になったか燃え上がったかしたと思うわ」

ハウロンが言う。


「何でまた?」

ディーンが飲み食いの動きを止めて聞き返す。


「ジーンがアンタたち全員の誓約を解除しちゃったから、よ」

「で、ございますな」

執事がハウロンの言葉を補強する。


「ああ、そういえば制約とか契約とか解くと、もう片方が爆発したり炎上したりするんだっけ?」

座布団爆発事件とかそういえば聞いた。


「ちょっと、当事者! 今、今なの!?」

ハウロンがまた何か取り乱してる。


 今ですよ、だって現場見たことないもん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る