第441話 温かい食事
「飯は?」
「頂いてもよろしいでしょうか?」
「アタシはお酒が欲しいわ」
こめかみを抑えているハウロン。
頭痛か? 酒は薬にはならないと思うんだけど。
執事はだいぶ弱ってるっぽいから、胃に優しい物にしようか。なんか見た感じはハウロンの方が弱って見えるけど。
とりあえずポトフ。二つに切った蕪、ニンジンも大きめ、じゃがいもも半分。キャベツは十六等分に芯を残したスマイルカットにして、繋がったまま煮込んだ。
「他にも食べられそうか?」
「いえ、このスープだけで十分でございます」
パンは薄切りにしたものを籠に入れて、小皿にオリーブオイル、ニンニク、ジャムを出してある。他にハウロンのツマミ用にチーズと生ハム。
「今日は白なのね。でもジーンの白は美味しいわ」
ハウロンはワインを一口飲んで、パンを手に取りニンニクを押し付けて塗っている。
ニンニクを塗ったパンにチーズと生ハムを載せ、オリーブオイルを掛けて食べるのがハウロンの最近のお気に入り。
こちらのワインは最近――と言ってもハウロンの最近なので三十年とか昔――まで、白ワインが主流だったらしい。赤ワインもその頃は薄いロゼだったとか。あまり美味しくなかったみたい。
「相変わらず優しい味と食感でございますな」
蕪は煮崩れる寸前で形を保っているような柔らかさ、キャベツの芯もほくっとしたような感じでこちらも柔らかい。
ソーセージは味が抜け気味だけど、代わりにスープが美味しくなっている。日本で馴染みがあったものだからかな、ポトフとミネストローネ、コーンスープはよく作る。
「いい匂いがする!」
ディーンが腹の虫を鳴らしながら起き出してきた。
「ジーン、肉くれ、肉」
寝ているクリスやアッシュを踏まないように避けながら、こちらに来る――と見せかけて止まる。
「何だ?」
「トイレどこだ?」
きょろきょろと部屋をきょろきょろと見回すディーン。
ワンフロアです。腰高の衝立のような壁が隅にあるけど、そこは風呂。
「ごめん、ここはトイレ作ってないから外で頼む」
完全に自分一人用の隠れ家だったので、人目も考えていなければ、トイレもない。【転移】で『家』のトイレ使った方が快適だし。
「おう」
何の疑問も持たずに外に行くディーン。
街中はともかく、農家とか一軒家は外で、というのはこの世界普通だ。むしろ聞いてきたディーンが俺のトイレへの執着を理解しているというか。トイレへの執着って、自分で言ってても嫌だな。
「トイレがないとは。ジーン様にしては不思議でございますな」
執事が言う。
俺のイメージ!!!
この家にあるのは、暖炉と食器を洗うための流し、ベッドと風呂。水は【収納】から出すので、水瓶さえない。
ベッドや絨毯の上でゴロゴロして、雪を見ながら風呂に入るための家です。地下に貯蔵庫もつくったけど、何も入ってないよ!
「って、もしや乙女のピンチか?」
トイレ的に。
ディーンがトイレに行ったってことは、みんなもそうだよな? 執事は涼しい顔をしてるけど。
「乙女でございますか?」
執事が聞いてくる。
「クリスとレッツェもかな?」
「乙女なの?」
ごめん、ハウロン、俺の言い方が悪かった。その二人は乙女じゃない。
『寝ている間、トイレ困らないようにしてあげてください』
この頼み方で何がどうなるかわからんけれども。
「よしっと。さて肉か」
スペアリブでいいかな?
「いったい何をしたのか聞きたいような、聞きたくないような……」
ハウロンが視線を彷徨わせる。
「トイレ事情事故防止。寝ている間の生理現象を止めた」
簡単に説明する俺。
「気軽に人の肉体に影響を与えるのやめて!?」
叫ぶハウロン。
「え、精霊に触られるより、漏らす方がいいのか!?」
衝撃なんだが。
「そう言う意味じゃないわよ!」
「……ジーン様、癒す以外に意思を持つ人間への干渉は難しいのでございます。今は寝ておりますので多少通りやすいとは思いますが」
執事のフォロー。
「癒すことだって、本人が拒んでいれば難しいのよぅ」
半泣きのハウロン。
「高難易度なのか……。よく考えると難しそうだね?」
「その顔で、その感想!」
がばっと机に伏すハウロン。
「ジーン様……」
執事が何か言いたそう。
「さみいぃ! なんか騒がしいな。どうした?」
ディーンが外から帰ってきた。
「いや、なんか乙女のピンチに対しての見解の相違があってな?」
「乙女?」
領主の娘に目を向け首を傾げるディーン。
「まあ、肉! あんがとな!」
でもすぐに疑問を手放し、いそいそと座ってスペアリブに手を伸ばす。
「出しといてなんだけど、急に肉食って腹壊さないか?」
「平気、平気」
本人がそう言うので、いいとする。
後で払うからもっと食べでのあるパンもくれと言うので、パンも追加。炭水化物と肉だけの男! 野菜も食え!
「あー、幸せ! 焼きたての肉に乾いた暖かい部屋! ジーンの料理!」
骨から肉を食いちぎり、もぐもぐと嬉しそうに食べるディーン。
まあ、今日くらい野菜はいいか。
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