第440話 解除

「座り心地抜群……」

そう言いながら落ち着かない風のハウロン。


 布団を敷くために暖炉側に寄せたテーブル、そこに配置された椅子に座って部屋を見回している。俺はお茶の用意――は、森のノートがやってくれているな。


「驚かない、驚かないわよぉ……」

なんかハウロンが肩を怒らせている。


 そんなハウロンの前に茶を置いて、ふっと鼻で笑うか笑わないか微妙な表情を見せる森のノート。俺に向き直って一礼して消える。


「何で精霊が茶を淹れてるのよ! しれっと!」

「ノートがモデルなんだから仕方ない」

大賢者、しっかり! 森のノートとは以前、対面済みのはず。


「ううう。この家、精霊がたくさんいて輝くほどだし、家具は地の民作だし、床には知った顔が転がってるし」

ぶつぶつ言い始まるハウロン。


 大賢者、独り言が多い。


「はーーーっ! いいわ、切り替える!」

お茶を一口飲んで、丸めていた背を伸ばす。


「まず、床の人たちが寝ているのは疲労からよね?」

「うん」

傷は治したので、疲労のはずです。


「アノマからの依頼だったはずね? 最初はバルモア宛だったから、よほどの危険があったのね。あちらもディーンとクリスが精霊剣を持っていることは知っているはずだから、精霊剣でないと倒せない魔物の討伐かしら。――まあ、そのあたりの確認は、誓約の内容によるわね。口止めの範囲はどの程度かしら……」


 話しながら考えをまとめているのか、俺への問いかけではないようだ。ディーンとクリスの二人は、名前を売るために精霊剣のことはオープンにしている。


「レッツェとノートは、アナタと会った挨拶以外の第一声は何って言ってた?」

「レッツェからは避難させてくれっていうのと、ノートからは何故ここに、だったかな?」

確か。


「……ここがどこだかくらいは聞いていいかしら?」

「魔の森のうんと奥」

目頭を押さえるハウロン。


「ううう。ちょっと予想はしてたけど、予想はしてたけど。何でそんなところに家を持ってるのよ……」

「建てたから? 秘密基地みたいで楽しいぞ」


 俺の家の中で一番涼しいというか、寒いところ。時々来て、暖炉に火をがんがんに熾して、家の中から雪を眺めつつ、読書をしたりしている。


 リシュは雪の庭を駆け回るのが気に入っているようで、それを室内から眺めることもある。雪の上の動物の足跡ってかわいいよね。


「避難ってことはレッツェはここを知っていたのね? 他に誰かから何かを頼まれたり注意された?」

あくまで俺からの説明を聞かないつもりだな?


「レッツェが顔を隠せって」

領主の娘に視線をやりながら言う。


「ああ、この子にはまだ顔を見せてないのね? もういっそ、寝ているうちに街に運んでしまいましょうか」

ハウロンが遠い目。


「――乱暴な解決法でございますが、良いかもしれませんな」

執事がむっくり起きた!


 森のノートがすっと現れてお茶を追加した。


「……」

執事は微妙な表情。


「アタシが近くに来ても起きられないなんて、本当に大変だったらしいわね?」

気がない感じで執事に聞いているけど、ハウロンの中指がとんとんと軽くテーブルを叩いている。


 苛立ち? 焦燥? ちょっと落ち着かない感じ。


「さすがにあの量の魔物の相手はきつうございました。呼び寄せた当人たちも驚いたようですがな」

何人か、自分で呼んでおいて襲われたと執事。


「あら冒険者にも敵がいたのね」

驚いた風もないハウロン。


「ええ」

困った顔で静かに笑う執事。


「詳しくは後で、ね。面倒だけど、誓約を破棄する術式を用意して――どの程度の誓約なのかしら? 場合によっては神殿並みの環境がないとだめよぅ?」

ハウロンが面倒そう。


 そういえばギルドで誓約入れてて、依頼について話せないんだったな。見ると、執事の胸のあたりにぐるっと光の文字の帯。以前、アズにくっついてたやつと似たようなの。


「これか」

べりっとね!


「ジーン様?」

「アタシに見えない精霊でもいたのかしら?」

帯の見えないらしい二人。


「これで精霊の誓約が取れた、かな?」

たぶん、おそらく。


「は?」

「誓約がとれた……で、ございますか」

「うん」


 固まる二人。


「……ちょっと、何か依頼内容しゃべってみなさいよ」

「しゃべれてしまった時が怖うございます……」

ハウロンと執事が小声でやりとり。


「とりあえず全員分剥いどくな」

一番近いディーンから、布団をそっとめくってべりっと。次にクリス、次にアッシュ、レッツェ。ちょっとレッツェが身じろぎしたが、全員起きる気配はない。


「ちょっ! 戸惑ってる間に……っ」

「ジーン様……」

あー、あー、あーみたいな顔の二人。


 止められない間にさっさと剥ぎましょう、そうしましょう。


「う?」

領主の娘。


「何? 怖いのだけど!」

ハウロンが身をすくめる。


「胸がある……」

どうしよう、触っちゃまずいよね?


「それはあるでしょうね……」

「ジーン様、アッシュ様にもございます……」

「男にもあるわよ……」


 触らないよう脇から行ったが、これはこれで何かのフェチみたいで嫌だ。ディーンの火トカゲ君じゃないんだから。


「ズレてるのに、何でそこだけ普通の反応なのかしら?」

「なぜでございましょうな……」

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