第439話 説明はなしで

 どうしようかなー。


 家に入る前、入り口の軒下で庭を眺めながら考える。音もなく降り積もる雪は、何故か暖かそうに見える。


 ハウロン呼ぶ前に、ばれちゃいけないことをやっておこう。とりあえず城塞都市で神殿の精霊に黒い『細かいの』を落とす時に、手抜きするよう頼むくらいでいいかな。


 領主の娘とそれを守るアッシュたちに、魔物をけしかけたり奥へ誘導したりした実行犯の冒険者たちの元には、黒精霊くんたちが追いかけて嫌がらせに行っているはず。


 ディーンたちが何人かは始末したっぽいけど、まだいる。監視していた男には、依頼をした冒険者たちが全滅した記憶はなかった。むしろ、リーダー的人物が健在だ。


 なので、嫌がらせに黒精霊をGOしたんだけど、監視してた男がその冒険者に魔物を寄せる粉を渡してる記憶しか見てないので、そいつの顔しかわからないんだよね。まだ一人、二人いるのが確実なんだけど。


 監視の男は森では距離をとってたんで、参加者の顔の判別がね……。装備も似たようなマント羽織ってたりするし。


 俺が対象の認識をしていないから、逃げただけの冒険者も巻き込まれるけど、まあ、黒精霊に憑かれないまでも、まとめて影響を受けるがいいさ! 逃げたくらいのメンタルなら、街にもどったら黒い『細かいの』もそのうち自然に減るだろうし。


 すぐ落とすのはさせないけど。しばらく黒い感情を持て余すがいいさ。黒い『細かいの』は、攻撃的になるだけじゃなくって、自己嫌悪方向にもいくからな。


 性格の悪いことを考えながら【転移】。城塞都市の神殿は一度入ったことがあるので、直接人のいない部屋へ。


 普通の人は寝静まっている時間だけど、さすが冒険者稼業が盛んな城塞都市、治療や精霊落としを行う部屋からは明かりが漏れている。


『こんばんは〜。ちょっとお願いがあるんだけれど、魔力少しもってっていいから、黒いの落とすの、手抜きして〜』


 心の中で呼びかける。精霊は韻を踏んだ音を好いて、手伝ってくれる率が高くなるので声に出した方が本来はいいみたいだけど。


『なぁに〜?』

『あ〜、いつかの人だ! こんばんは〜』

『いつかの人〜! こんばんは〜』


 精霊たちがざわざわと寄ってくる。神殿だと見える人とかいそうだし、長居はできないかな。嫌がらせなので、完璧でなくともいいかな。


 頼みを聞いてくれるという精霊に魔力をあげて、すぐにハウロンを迎えに【転移】。カヌムの街も当然夜で街の明かりは少ない。


「コン、コン。ハウロン、起きてる?」

「ノックに擬音をつける意味ってあるの? ――起きてるわよ」

ハウロンは大抵起きてるけどね。


 起きている間に少しずつ体を休めてるらしく、睡眠は短くていいとかなんとか。寝るが法楽って言葉を贈りたいところ。


「レッツェがハウロン連れてこいって言うんだけど、時間ある?」

「……すでにツッコミどころがあるんだけど、どうにかならないの?」

ハウロンがため息をつきたそうな顔をしている!


「詳しく説明してからの方がいい?」

「いえ。レッツェかノートの説明を聞くわ」

半眼で憮然とした顔をしながら、少し早口で否定してくるハウロン。


 ひどくないですか?


「うう。王狼を巻き込みたいけど、家族持ちの一軒家にこの時間に行くのは、はばかられるわね……。いいわ、やって頂戴」

ぎゅっと目をつぶるハウロン。


 大賢者、自分だって【転移】できるのになんで【転移】怖いの? 解せない感じで【転移】。


「はい、ついた」

森の中の家、2階の部屋。


「相変わらずどこへでも転移できるのね。――大丈夫、これには慣れつつあるわ。一族の秘法だった気もするけれど、過去にしがみついてたら発展しないわ。うん」

ハウロンがすでに情緒不安定だぞ、大丈夫か?


「って、待って。このベッドフレーム――と、ナイトテーブルと、チェスト、椅子!」

少し気が抜けたような話し方から始まって、最後はエクスクラメーションマークが見えるくらいの語気の強さ。


「待って、待って、待って。これ地の民の作じゃ……? しかも削り出されてから新しそう」

かがみ込んで顔がつきそうなほどナイトテーブルに寄っているハウロン。


「うん。作ってもらった」

「……」

ピシっと固まるハウロン。


「ここの家具は全部知り合いの地の民にお願いした」

欲しい系統を伝えて、作ってもらったんだ。ここは一階にあるバスタブも、地の民作!


「……ここアナタの家なのね?」

「うん」

俺だって、人の家の中に突然入り込むみたいなことはしないぞ。神殿とか公共施設はノーカンで。


「うううう。早く、早く合流しましょう」

唸ったかと思えば、ばっと顔を上げてこちらを振り向くハウロン。


 時間をとってたのはハウロンじゃないだろうかと思いつつ、石の上に漆喰を塗った、白い階段を降りる。


 ハウロンはでかいんで、窮屈そうだったけど仕方ない。森の家は小さいもコンセプトで作ったし。


「あら、寝てるわね」

ハウロンが足を止める。


 揺れる暖炉の火が影を揺らすのは、床に寝ているみんな。


「知らない顔が一つ。ちょっと、この子が起きるのはみんなが起きて、話した後にしましょうか」

そう言って何か呪文を唱える。


 汝、眠りを深くして、目覚めの言葉を我が告げぬ限り、明日の夕刻まで起きることあたわず、かな。





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