第443話 方針
「今は死亡の場合、ギルドの控えは黒く色が変わるだけでございます」
そっと執事が口を挟む。
「あら、術式を改良したのね?」
ハウロンが少し意外そうに言う。
そりゃそうだな。毎度爆発したり炎上したらギルドが燃える。
「ギルドが間に入って誓約を入れる依頼ってのはそうそうないが、保存が長いからな、枚数が多い。全部燃えたら大事だ」
レッツェがハウロンに、いやこれ俺に説明してくれてるな?
誓約は依頼を終えたら破棄するものと、長期保存のものがあるそうです。長期保存は面倒なことに台紙をつけて一枚ずつ本っぽくしてるらしいぞ!
精霊のいたずら防止、大変だな。紙自体、大量に出回っているのは精霊のおかげだっていうし、手間はしょうがないのかな。
「じゃあ、誓約が壊れたことはカヌムのギルドにはバレているわね。原因は何を想像するかしら?」
考えを巡らせているのか、ハウロンがスプーンをくるくると回す。
「城塞都市のギルドと領主が絡んでいるのはご存知ですからな」
執事が言う。
「何か適当な想像をしてるって言いてぇところだが、この時間は寝てるな。夜番がギルド長に伝えるのは朝だろ」
コーンスープを飲み終えたレッツェが空の皿を眺めている。さては腹に少し入れたら、もっと食べたくなったな?
そっとパンを追加、レバーパテと明太子のディップ。胃に優しいチーズ。こちらの病人食、ふやけたパスタは却下。
というか、カヌムのギルド大丈夫なの? ゆるくない? まあ、カヌムで大事って魔の森の調査くらいだけど。あとは時々ある精霊絡みの事件か、ディーンの妹の時みたいなの。
ギルドも神殿も領主も微妙なおかげで自由なので文句はないけど。
「このエメラルドのお嬢さんの方が問題だよ。ジーンはこのお嬢さんの誓約も反故にしたのだろう?」
クリスがこんこんと寝ている娘さんに視線をやる。
「しました」
お胸の障害を乗り越えて。
クリスがエメラルドって修飾するってことは精霊憑きか、精霊が見えるか、何か精霊に関する能力が――って気配感じるんだっけ?
「なら、城塞都市でどうにかなってるはずさ。お嬢さんには何か制限があるようだったけれど、それは会った時からだったからね」
「ま、城塞都市の冒険者はそれこそ何人か死んだし、紛れてるだろ」
ディーンは楽天家。というかほろ酔い。
ぼふんといってるのは城塞都市のギルドじゃなくって、領主の家だと思うぞ。なんか妹が人質って言ってたし。
「カヌムのギルドに引き渡して終了じゃダメかしらね?」
ちらりと娘に目をやるハウロン。
「ここまで守って来たんだ、そりゃないぜ? ちっとこの子から話を聞いて、場合によっちゃ俺が城塞都市のギルドに釘を刺すよ」
陽気なディーン。
「まあ、領主含めて城塞都市を丸っと敵に回すかもしんねぇけど、そん時は知らんぷりしてくれてかまわねぇ。でも、ここからカヌムまでは送って?」
笑顔でウィンク一つ。
背後にいるのが領主と、分かってないと思ったら分かってた。それでも態度が変わらないのはすごいな。
「俺が守ったのは依頼中だったからだがな」
憮然とした声でそう付け加えたけど、鼻に抜けるため息を一つして諦め顔のレッツェ。
「アッシュが大怪我するくらい庇ったみたいだし。庇い損はちょっと」
俺も参戦。
「む……」
ちょっと照れ顔の怖い顔。
アッシュ、ひどい体験したせいか眉間の皺が深くなってるんですが! せっかく最近は表情が和らいできたのに。
「とりあえず、関係のない国に【転移】をして宿を取りましょうか。話を聞いて、それからね。アノマの方は朝までにちょっと見ておくわ」
ため息をつきたそうなハウロン。精霊を送るのかな?
城塞都市は別の意味でも騒ぎかもしれないけど。神殿の精霊はお仕事サボるから、迷宮から戻った冒険者も魔物を倒した影響を払えない。
魔の森を利用して成り立ってる街だから、冒険者以外も病みそうだし。処刑を見て笑っていた街の人の顔を思い出しそうになって、慌てて止める。
城塞都市の屋台で、おまけしてくれたおばちゃんの顔でも思い出そう。俺はたぶん優しい世界を思い描くべきだ。
「ここはあまり見せたくないでしょ? 聞かれたらどうしようかしらね、アタシの知り合いが森にいて呼ばれて迎えに行ったってことにでもしとく?」
「素晴らしいと思うよ! ジーンは森の賢者だね、偽名かなんか決めたらどうだい?」
クリスが輝く笑顔でハウロンに同意した。
「森の賢者……じゃあ、オランで」
ウータンです。
森の賢者といえばオランウータン。夜の森はフクロウのイメージだけど、今回『光の鳥』は同じ翼を持つフクロウに憑いたみたいだし。フクロウはそっちに譲ろう。
「オランね?」
「うん」
ウータンです。
「オランだね!」
「うん」
ウータンです。
「オランだな? 俺も覚えとこ」
そう言って酒をあおるディーン。何が嬉しいのかさっきより笑顔が増している。
ウータンですよ。
「……」
「どうかされましたか?」
執事がレッツェに聞く。
「こう……。ほっぺたを捻り上げたいんだが」
「なんで!?」
答えたレッツェに聞き返す俺。
「だってお前、オランって言われた後、言った人間に向かって毎回ほんの少し首を伸ばす仕草してるぞ。なんか碌でもねぇことと結びつく名前なんだろ?」
ちょっとレッツェ、その観察力は他に回してください!
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