第444話 不参加のはず……

「ジーンがいったい何を偽名に使ったのか気になるけれど――とりあえず行き先はエリチカでいいかしら?」

ハウロンが話を進める。


 森の賢者とか賢人とか言われるオランウータンさんですよ。


「エリチカってぇと塩で有名な?」

レッツェが確認。


「ツルハシ刺さってたとこ?」

塩鉱といえば、見学に行ってでっかくて白い鯨に会った。


 エルウィンというその精霊は、本体の塩の結晶にツルハシが突き刺さっていたのだが、なんで刺さってるのか謎のまま別れた。


「そう、ツルハシの――変な覚え方してるわね。国は違うけれど城塞都市に近いし、行き来する精霊経由で情報が入ってくるのよね。冒険者ギルドはなし、それでいて観光客が来るから人の出入りもあるの。街を歩いても目立たないのよ」


 城塞都市との間には山があるので馬が使えず、地図上の近さと違って街同士の交流はほぼない。でもハウロンには絨毯があるんで、直接行くのもそう苦ではないらしい。カヌムからよりは距離があるみたいだけどね。


 長く逃げることになるなら改めて当人と場所の相談をしましょう、とハウロン。


 あ、ツルハシのこと何か知ってる気配。さすが賢者! でもこのタイミングで聞くのは空気を読んで自重する。現地で聞こう、現地で。


 ハウロンの活動域は、王の枝が目的だったため、主にこの大陸の北東より。転移できる先は代々のご先祖さまが決めているので、あちこちに散らばっているんだろうけど。


「そこなら俺が行けるから送るよ」

「お願いするわ、朝になってからね。この季節、夜の外は寒いわよ」

ハウロンの言う通り、この時間に開いている宿はない。あっても受付するのは目立つ。


「じゃあ腹があったまったところで、もう一眠りすっかな」

ディーンがそう言って立ち上がり、布団に潜り込む。そしておやすみ3秒。


「私ももう少し休ませてもらうよ。何がどうなっているのか推測するなら、お嬢さんから話を聞いてからの方が良さそうだしね」

いつもキラキラしているクリスもまだお疲れのようだ。


「ディノッソの旦那の耳に入ると心配しそうだし、無事を伝えてくれ」

レッツェもごそごそと装備の簡単な手入れをして、寝直す気配。


 あ。外に行った時、ツタちゃん洗って来たのか。布に包まれていたツタちゃんを鞘に戻している。


「ディノッソには朝一番で伝えに行くよ」

俺は暖炉に薪を足して、火を強める。薪の束を一つ、空っぽの水瓶に水をたっぷり用意して、起きた時に使えるようにする。


「アッシュは? だるくないならカヌムの俺の家で風呂に入るか?」

もちろん執事こみでのお誘いですよ、と執事に目をやる俺。


「魅力的な誘いだが、こざっぱりしたのが何故か、聞かれた時に言い訳できる自信がない」

寝ている娘さんに視線をやって言うアッシュ。


 で。


 俺は空がしらむころに山の『家』でリシュの散歩をこなし、焼きたてのパンを届けがてらカヌムでディノッソの家を訪い、カーンに朝飯を突っ込み、森の家で起き出したみんなをエリチカに送った。


「よし、じゃあお前はカヌムで待機な」

ディーンが言う。


「え」


「このお嬢さんに顔を見られない方がよろしいでしょう」

「うむ」

執事とアッシュ。


「王都にジーンの事を報告されたら広がるのはあっという間。領主――貴族の相手は面倒なものなのだよ?」

ディーンの代わりに貴族との付き合いを引き受けていたクリスが言うと、説得力がある。


「助けられといてなんだが、後で結果は話してやるから大人しくしとけ。なんか土産買ってくから」

レッツェ。


 娘さんの眠りを解いた後、完全に起きる前に退散。追い出されたとも言う。俺は何も知らないと思われてるはずだし、しょうがない。


 ここからは領主とかとの駆け引きが主だろうし、俺を目立たせたくなかったんだろう。いいんだけどね。いいんだけどね?


 領主の館に嫌がらせしとこう。暖炉はばちんと薪の欠けらが飛びやすく、煙が部屋に逆流する、井戸の水はちょっぴり苦く、肉は生焼けか焦げる。あと何だ? 


 あ、副ギルド長の眼鏡、多めに魔力がぶがぶしてもらおう。一応、冒険者ギルドは直接関わってないというか、領主側に疑惑を抱いての依頼だったし、そのくらいで勘弁してやろう。


 ああ。一応、妹だかなんだかに手を出せないように気をそらしとくか。手を出そうとしたら、何か派手目ないたずらをしてもらおう。みんなが助けることを決めた時、間に合わないなんてことがないように。


 領主の一存なのか、王都の意向なのかも知りたいから、そっちも少し情報収集しないと。


 城塞都市の精霊たちに頼む内容を決める俺。八つ当たり込みです! 貴族より俺の方が面倒臭い自信があるぞ!


 っと、思ったんですが。


『火事なのー』

『ヒゲの人の部屋が爆発したのよ』

『じーんが怒ってる人だったから、消すのみんな手をかさなかったのー』

『火を広げるのがんばったのー』

『煙もくもくしたのよ?』


 まああれです。治療のために領主一家は神殿行きだそうで……。そこでも精霊がそっぽを向いて、治療がうまくいってないそうで。


 ああ、うん。精霊って俺の考え読むんだっけね……。

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