第234話 森に蒔く
さて、本日は天気もいいしペア狩りだ。そもそもカヌムはこの季節、ほとんど雨は降らないんだけどね。
「お前も暑いのに元気だな」
朝っぱらからぐったりしている感じのレッツェ。暑いのは暑いけど、湿気がないから断然過ごしやすく感じる日本人です。
さんさんと照りつける日差しに、草原の草も心なしかちょっと白く色が抜けてくったりしている気がする。カヌムを出て、森に着くまでずっと日陰がない。
「でもさすがに日向にいたいと思わないし、早く森に行こう」
「うむ」
重々しく頷くカーン。
森の知識をつけたいというカーンも一緒に行くことになった。言っちゃなんだがカーンの外見と性格に果物狩りは似合わないと思う。
ティナと双子を誘ったんだけど、子ども同士の約束が先にあったみたいで、男三人果物狩りです。森は魔物も出るし、こっちでは大人が行くことが普通なんだけど、どうしてもムサイと思ってしまう。
アッシュはちょっと誘いづらいというか、ディーンのナンパの手口が魔の森の果物狩りと、うっかり聞いてしまったから……っ!
そこまで強い魔物が出るようなところまで入らず、でも一般人同士ではちょっと危険な場所に二人きり、ゴールにはちょっとだけ珍しくってお高めな果物。女の子も銀ランク以上の有望な冒険者ならってことで、ツノウサギを倒した程度でもきゃあきゃあ黄色い声をサービスしてくれるらしい。
これを聞いた後に女性に声を掛けるのは勇気がいる。
「うをうっ、釣れた!」
穴にエクス棒を突っ込んだら、鼻にシワを寄せたツノウサギが先にがっちり噛み付いて釣れてきた。
大きく振り上げたエクス棒に噛み付いたままのツノウサギの首が落とされる。いや、落ちたのは体か。
「お前、穴を見たらなんとなくつつくのやめろ」
レッツェに呆れられる俺。
「このノリで千年来の問題を解決されたかと思うと微妙な気分になる」
ツノウサギを斬った剣を鞘に納めながらカーンが言う。
「もう少し警戒心と分別が欲しいところだ」
「コイツ、目を離すと『王の枝』が増えてるからな」
レッツェの返しに微妙な顔をするカーン。
「警戒心はあるぞ、これでもかってほどに。ちゃんと逃亡場所は確保してあるし」
ツノウサギの頭をエクス棒から外して、投げ捨てる。すぐに同じツノウサギたちの餌になるだろう。
胴体の方は内臓を絞るように腹側へとしごいて、五秒とかからず抜き出す。手足を落とし、毛皮に切れ目を入れてそこからべりっと豪快に剥いで下処理完了。
動物の血液や筋肉は病気じゃない限り無菌だから、新鮮な血液は料理の材料として使えるぐらい臭みが無い。血液が臭くなるのはあっという間に微生物に汚染されるから。
一番微生物が増える温度が35度。周囲に川なんかないしウサギは小さいしで、今回は内臓を抜いて体温を下げてしまうのが簡単。草の葉で縛ってエクス棒に吊るす、
「早いな」
カーンがちょっと驚いている。
「先生がいいからな」
ウサギの解体はレッツェに手直ししてもらった。
【全料理】はあるけど、全部書物に載ってるわけじゃないし、文で表しきれないコツみたいなものもある。知識があって取り出せて使えるけど、自分でやりやすいように調整するのってやっぱり経験が必要だと思った次第。
「もう俺より早いし上手いだろ」
そこはもう身体能力が反則だから。
森の中は風があって結構すずしい。
「俺の国にあった森とは随分違うが、やはり森があると豊かだな」
黄色い瓜をかじりながらカーンが言う。王様、行儀悪い。俺もかじってるけど。
「この瓜はもっと暑くても育つか?」
「さあ? 試しに種を蒔いてみたらどうだ? 大した手間じゃないだろ」
カーンの問いに、肩を軽くすくめてレッツェが答える。
「ああ、場所ができたらそうしよう」
カーンが植えたいだろう場所は、現在砂漠だ。
黄色い瓜は小ぶりで細長く、レッツェが見つけて四つに割ってタネをナイフで落としてくれた。みずみずしくってうっすら甘く、不思議とちょっと冷たい。今日みたいな暑い日にとてもいい。
瓜というよりメロンに近いのかな? メロンもウリ科か。俺の知らない食えるものがまだまだあるようだ。
森の歩き方をレッツェに改めて教わりながら、そこそこ奥まで何事もなくたどり着く。この三人で何かあったらそれはそれでカヌムがピンチな気がしないでもない。
「おお!
ちょっと足場が悪いところを抜けたら、梨の木と、こっちで出回っている
山の家で成ったやつの方が絶対美味しいけど、森で見つける実ってなんか特別だ。
「不自然ではないか?」
大喜びの俺と違って、眉根を寄せるカーン。
「俺が適当に種を
そう言って、包みを取り出して端をつまんで中身を放り出す。飛び出したのは道中で食べた黄色い瓜の種。
「なるほど、豊かなことには理由がある」
納得顔に変わるカーン。
「手入れはしてねぇけどな」
あれか、ここはレッツェの隠し畑か! 実がなるまでにいったい何年かかったんだろう? いや、一番古そうな木はもともと生えてたのかな? むう、俺も山に瓜を生やしたい。
「あー。いくらか残ってるから、持ってけ。もともと野生のだ、環境がよけりゃ生えるだろ」
俺がばら撒かれた瓜の種を見てたら、包んでた布をレッツェがくれた。張り付いた種がちょっと残ってる。
「ありがとう」
あとで何か包んで返そう。
以前レッツェが使ったんだろう、焚き火用の石の囲いをちょっと直して、火を
小さい代わりにたわわに実った梨。俺の知ってる洋梨よりもずんぐりむっくりしてて、ヘタの方から半分くらいが赤い。あと固い。
下の方は動物が枝を食べてしまったのか、それとも環境のせいか、けっこう高いところに枝を広げている。カーンが手を伸ばして枝を引き寄せ、実をもぐ。
「その右のやつ!」
「アイアイサー! ご主人!」
カーンのように高いところに届く背丈はないが、俺にはエクス棒という相棒があるのだ。
「あんま執事が泣くことすんなよ?」
ため息をつきそうな顔をしてレッツェが言う。
「甘いのはやっぱり赤が多いやつ?」
「匂いが濃いやつ」
執事の件についてはスルーして、振り返ってレッツェに聞くと答えが返ってきた。
高いところは匂いが嗅げないので、採る
「……よく考えるとこれ、ジーンが『王の枝』を
レッツェがなんか言ってるけど、とりあえずたくさん収穫してお土産にしよう。
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