第235話 隣の芝生は絶対青い

 酸っぱいのは承知でせっかくなんで、一つ二つその場で食べてみる。ペアは、俺の知ってる洋梨みたいに柔らかいものじゃなく、果肉がしまっていて、でも滑らかな食感。かじると果汁が口に広がり、香りが鼻腔を満たす。


 カヌムに出回ってるのは黄色っぽい梨なんだけど、この赤いやつは甘みが強くてこのまま食べても美味しい。かといって口に甘さがいつまでも残る感じじゃなくて、たくさん食べられそう。


 小さな桃も、扁平な桃も固め。俺の知ってる果物と比べて酸味が強くて甘みが少ないけど、すっきりした味。でもやっぱり加工した方が美味しいかな?


「嬉しそうだな」

「食べごろが大量だしな」

カーンに笑顔で答える俺。


「……神殿の財宝を手に入れた時より嬉しそうだな」

なんかカーンの話す文節が多くなった!


「諦めろ。ジーンの興味の対象は、旬の食い物、郷土料理、珍しい細工物、棒だ」

「あちこち見て歩くのも好きだぞ」

人の流れに乗って歩いて、観光地を冷やかすのも、人の気配がまるでない辺境の地を見に行くのも、どっちも楽しい。


「……」

カーンは微妙な顔で見てくるのをやめろ。


 そんなカーンは果物に興味が薄く、森歩き自体が目的だった。その場で食べる分以外いらないらしい。小桃は酸っぱかったらしく、盛大に顔をしかめてた。


 手の届く範囲の果実を適当にとりつつ、レッツェに森の植生の事や、その植物の利用法なんかを聞いているかんじ。俺も便乗して学習。


「いや、お前ら真面目に知りたいなら、薬師ギルドで誰か雇えよ。あとジーンは近い」

「レッツェが見つけたやつのほうが熟れてるように見える」

コツを教えてください、コツを。


「同じだっつーの」

「貴様は、適切なものを見つけ、適切に用いることにけているように見受ける」

カーンが言う。


「やっぱり!」

とても納得。さあ、美味しい果物の見分け方を俺に!


「なんでそうなる! 同じだっつーの!」


 レッツェの技術を盗もうと頑張ってたらウサギが焦げた。焦げた部分をナイフで落としたウサギ肉と、桃ジャムをつけたパン、チーズにワイン。あとデカイソーセージ、カーンがデカイからな。


 桃ジャムはここで採った小桃を刻み、ホウロウの小鍋に放り込んでブランデーを少々、色止めのためにレモンを少々、砂糖をがばっと。桃の皮と種を荒い布に入れて放り込む。わざわざこのために小鍋を持ってきたのだ。


「へえ、皮入れるとピンクになるのか」

レッツェが覗き込んでくる。


 野外ではともかく、レッツェは家では料理をほとんどしないみたいだけど、知識としては溜め込んでおきたいのかな? 可愛らしい色にしたけど、食うのは全員男だということに唐突に気づいた俺だ。


 パンにジャム――そんなに煮込んでないし、ジャムにしては砂糖も少なめなんで桃煮くらいかもしれんけど――をくっつけたのを渡したら、カーンの顔が一瞬こわばった。でもそのまま受け取って食う。あれか、出されたものは好き嫌いの別なく全部食べる系か。王様、難儀だな。


「食えたものではないと思ったが、煮ると美味いな」

口に入れて、ちょっと驚いた顔をしたカーン。やっぱり桃の味というより酸っぱいのがダメなんだな?


 果肉を残した桃ジャムはなかなか上手くできた。ブランデーで風味付けしたものの、元の桃の香りがとてもいい。


 ちょっと味に癖のあるチーズにジャムを乗せてワインをあおるカーン。ワインをちびりとやりながら、ソーセージの焼け具合を確認してひっくり返すレッツェ。


 それを見ながら紅茶を飲む俺。いいんだ、パンに合うから。もうちょっとで二十歳、こっちの世界の酒だけじゃなくって、『食料庫』もといたせかいの酒を大手を振って飲める。


 カーンが採った分も俺が貰って、大量の果物を抱えてカヌムに帰還。こっちの果物は生で食うには少し酸っぱいので、砂糖漬けにしたりジャムにしたりするのが普通、なので加工してからお土産としてみんなに配る。


 レッツェは生のままあちこちに配るらしい。意中の人がいるのかとおもったら、情報屋さんや職人さん用だって。毎年同じ時期にちょっと貰って嬉しい季節のものを贈っとけば、顔つなぎをマメにできなくても覚えておいてもらえるもんだって。


 あ、シヴァには生のままの方が喜ばれるかな?


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