第543話 『王の枝』

「二人はもう少しうろつくんだ?」

「うろつくって言わないでよ」

「ジーン様、もう少し、言葉を選んでいただければと」


 ハウロンも執事もナルアディードで最先端の品を見て回るつもりのようだ。ハウロンは国の形を整える時に、田舎者と侮られぬように。執事は単純にアッシュの周囲を居心地よく整えるために。


「今の最先端は『青の精霊島』だと聞くがな」

猫船長が口を挟む。


 なんでそこの見学を断って、わざわざ二番目を回るのだと、目が聞いている。


「最先端すぎるのよ。一応、普通を見ておかないと、感覚が狂うわ」

島を見たこともないくせにハウロン。


「うちを見て、真似ようとしても真似られないでしょうね。一体どれほどの財と、才能を必要とするのか……。私に与えられている執務室へやだけでもめまいがするようよ」

知っている代表ソレイユ。


「……カヌムでも私どもの家が最先端ですからな」

お家大好き執事。


 カヌムの家は借家も含めてちまちま改造していている。ただ、人目があるのであまり目立つことはしていない。地味にね、地味に。


 レッツェに気づかれない改造ならどこに出しても平気な気がするけど、今のところ気づかれなかったためしがない。大雑把なディーンがセーフだったことは何度かある。


「船長、島の見学する?」

「島には興味があるが、それよりも火の国に行ってみたいな」

ハウロンの方を見る猫船長。


「能力がある人は大歓迎よ? ただ海からは遠いから、残念ながら見学だけかしらね?」

ハウロンが言う。


 海が近い国だったら猫船長もスカウトしたかったのか。


「正しくは『王の枝』を見てみたい。新しい国の王都なら、枝のお披露目はするんだろ? もう済んじまったか?」

座り直す猫船長。


 すこしそわそわしてる?


「お披露目するのか?」

カーンの?


「『王の枝』を持って建国した国は、しばらくは王が『王の枝』を持ち、その姿を見せるのよ。大抵国をひらいた日、一年にいっぺん。――『王の枝』を新しく手に入れた国は久しくないし、慣例と言えるほどではないわ」

ハウロンが微妙な表情。


 王が『王の枝』を持つって、カーンがカーンを持つのか? それともシャヒラ出すの? 前者は難しそうだし、後者はカーンが枝と一体化してるのがバレる。どうするんだろ。


 ああ、だからハウロンが微妙な顔なのか。


「シャヒラには精霊の姿で出て貰えばいいんじゃ?」

少女趣味疑惑がカーンにつくかもしれないけど、そこはベイリスが一緒に姿を見せてもらえれば――。


「常駐されている精霊様が対抗したらと思うと」

胃のあたりの自分のローブを鷲掴んで言うハウロン。


 常駐わんわん。24時間警備? アサスもいるし、そこにエスが来たら確かにどうしていいかわからないな。観衆の前でも気にせず痴話喧嘩しそうだし、やらない方が平和そう。


「王がかわる戴冠式で見せることも慣例ですな」

執事が言う。


「王座を退きそうなのは今いねぇな」

残念そうな猫船長。


「『王の枝』、見たいのか?」

「ああ。昔馴染みに見たってヤツがいてな。俺と同じ、船が国っていうようなタイプだったのに、『王の枝』に魅入られた」

「魅入られた?」

「故郷でもねぇのに、望郷の念ってのか? その国にその枝の元に戻りたくってしょうがなくなって、結局その国の専属になっちまった」

尻尾の先を忙しげに動かす猫船長。


「それって逆に見るのを避けたくない?」

「……ヤツの様子を見て、初めて怖いと思った。怖いと思った自覚を持ったから、なおさら見てみたいのさ」

人間だったら肩をすくめていそうな調子の猫船長。


 あれだ、猫船長は自分が恐怖したことが許せないタイプ?


「それは、『王の枝』にではなく、安定を求めたか、国の方針や王の人柄に心酔したのではないかしら?」

ソレイユが首を傾げる。


「確かに『王の枝』があれば、当面国は良い方向に向くことが約束されているし、人が集まるのは当然でしょうけれど。『王の枝』を目にしただけで、魅入られたようになるのならば、『王の枝』のある国にもっと人が移っていいはずね。騒ぎになっていないのは変よ? アタシも王の人柄に一票」

続いてカーン至上なハウロン。


「いや、ほら。『王の枝』じゃないけど、麦の枝様にフォーリンラブな実例もいるし」

ナルアディードの愛が重い人を思い浮かべる。


 おかげでおじいちゃんに出会えたけど、なかなか強烈だった。うちの枝にはそんな人出てないよね? 


「アスモミイ様ね……?」

そっと視線を逸らすソレイユ。


 そういえば、姪だというアリーナ? だっけ? あの子はどうしただろう? ものすごく眠そうな精霊になんか中途半端に話を切られたような? 忘れてたけど。


「きっとその人の性癖なだけで、見ても大丈夫な人が大半だと思うぞ?」

そう言って、背中からエクス棒を取り出す。


 執事が一瞬固まって、それをファラミアが見てほんの少し首を傾げる。執事はエクス棒に、ファラミアは執事に警戒しすぎではないでしょうか。


「なんだ?」

差し出したエクス棒を見て猫船長が聞いてくる。


「『王の枝』」

「おう! 俺はエクス棒、よろしくな!」

ぽこんと萼が開いてエクス棒の精霊部分(?)が姿を表す。


「お、おう?」

猫船長が目をまんまるにしてびっくりしている。背中の毛が少し逆立ってもわもわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る