第542話 ハンモック

 執事の気配がない! そっと部屋の隅に立って、角を向いている。船長室は窓があるのに、心なしか薄暗い。


 表情は変わらないが、それをガン見しているファラミア。珍しい。


「ノートは本当に『王の枝』の話題に弱いな?」

「枝の話題は私のいないところでお願いいたします。食事、お嬢様、商売、暗殺、平和な話題を望みます」

平和じゃないのが混じらなかった!?


 こちらを見ないまま答える執事から目を逸らし、放っておくことにする俺。


「――ハウロン様にメール小麦の現物を見せていただけるかしら」

同じく見ないことにしたらしいソレイユが唇に蠱惑的な微笑みを浮かべる。


「ああ」

猫船長がパタンと天板に尻尾を打ちつけ、立ち上がると、厳つい船員さんがそばによる。


 助走もつけずにその肩に飛び乗る猫船長。猫が肩……そこはオウムじゃないの? 秘密の会話をオウムがスパイするのが王道な気がする。猫船長自身が猫だからしかたないか。


「そうね。エスで小麦と交換することになるけれど、私も見ておかないと」

ハウロンが立ち上がる。


 カーンの国分の小麦はエスが溜め込んでた普通の小麦と交換する手筈。交渉はナルアディードで、すでにソレイユと猫船長が相手と済ませている。ナルアディードを通した方が、品物は高く売れるのだ。


 今回さすがに一ヶ国との交渉じゃない。メール小麦に対して、この旱魃の中では普通の小麦が足りないというか、小麦を根こそぎにしてしまいそうで、数カ国にわけて交渉したそうだ。


 で、カーンの国には地理的に近いエスを選んだ。メール小麦を猫船長の船で運んだ後、小麦は川船で運べて積み替えの手間がない。猫船長の帰りの船は、なんか他のものを積んで空船では帰らないんだろうけど。


 それはおいといて、なんで暗殺案件には動揺しないんですか? あとハウロンはメール小麦の現物、メールで見てるよね? 一応、行ってないフリするのか? 大賢者が【転移】できるのみんな知ってそうだけど。


 あ、簡単にいけるのが分かったら、緑の石だけ運んでもらいたい、っていう人が出てくるかな? 行きの海峡で、魔石を持ってないってだけで安全度跳ね上がるだろうしね。


 メール的には魔石じゃなくてもいいのに、人の価値観で普通の宝石より魔石の方がいいって思ってるんだろうなこれ。緑だったら魔石どころか、宝石じゃなくてもいいんだけど。


 ――もしかしてこの情報もアレな感じ? 帰ったらレッツェに相談しよう。


 おっと、揺れた。停泊してる場所は、あんまり波はないけど、他の船が入ってくるタイミングとかで少し揺れる。ずっと小さく揺れてはいるけど、それは規則的だから気にならない。


 船酔いする人はこの揺れがダメなんだろうけど、俺は平気。ソレイユとファラミアは平気、執事も平気、ハウロンはダメ。そっと一反木綿に補助してもらってるのを知っている俺。


 微妙にゆらゆらしている船の中、大きな船員さんの肩に乗った猫船長の先導で、再び船倉へ。


 改めて見たら、船員さんには革の肩当てがあった。もしかして猫船長が踏ん張って、爪を立ててもいいように? 鷹匠が腕に巻いてるやつみたいな? 嵐とかで揺れたら踏ん張るしかないもんね。


「あ、そういえばここってハンモックないの?」

寝てる時に揺れた時はどうするんですか?


「あるぞ。昼間は邪魔だから吊ってないだけだ。そこに丸まってるのがそうだ」

くいっと顎でさす猫船長。


「帆布?」

だと思ってたけど、帆布のハンモックなのか。何枚か一緒にしてるのか、絨毯みたいに巻かれて縛られ、立ててある。


「いざというときゃ、盾にもなる。砲弾はともかく、木片が飛んでくるのは防げる」

猫船長が言う。


 なるほど、それで1箇所にまとめとくんじゃなくって、舷側げんそくのあちこちに立ってるんだ? 


「病人用は小さなベッドを布で半分包んだようなヤツを吊るが、この帆布のハンモックは幅があるからな、寝そべれば包まれたようになる。船員にとっては狭いながらも大事なプライベートスペースだ」


 バナナオムレットみたいな感じかな? 某コーヒー飴の包み紙みたいな感じかな? ちょっと吊ってあるところ見てみたいよね。


「へえ。船長のベッドは普通でも大丈夫なのか?」

揺れたら転がり落ちない?


「使う時にゃ、我が友がほんのちょっとだが浮かせてくれるのさ」

猫船長がニヤリと――たぶん――笑う。


 空飛ぶベッドだった。


「船倉に風が通るのはいいわね。他の船はどうしても臭いと湿気が籠るわ」

機嫌良くソレイユが言う。


 ソレイユは商品の状態を左右する保管場所にはうるさい。俺の塔の空気穴にある虫除け蜘蛛の巣、石壁の外側寄りに設置してたら、直射日光が当たるって気絶しそうになりながら叫ばれた。


 なお、内側よりに変えたら、石壁が分厚いから、無事に日陰になってセーフ……ではないっぽいけど、とりあえず倒れなくなりました。


 船の見学楽しい。猫船長の船はちょっと山羊臭いけど、カビ臭くはないし、ネズミも見当たらないからね。他の船だったらこんなにゆっくり見ようと思わない気がする。


 そんなこんなで、メール小麦の現物を見て解散。


「島、見にくる?」

まだ見せたくないけど、一応誘ってみる。


「「発作を起こしそう」」

「だから、レッツェ――全員揃って見たいわ」

「ですので、もう少しエクス棒様の存在に慣れてからお願いしとうございます」


 ハウロンと執事から同意時に返事、頭についてる言葉が一緒でした。ハウロンはレッツェを頼りすぎだと思います。


 大賢者、みんなが助言を求めて会いに行く存在じゃないの? 頑張って大賢者。


「純粋に凄い! 住みたい! で終われない人には色々厄介な島よね……」

ソレイユがいい笑顔で固まったあと、ボソリと呟く。


「そんなにすげぇのか……」

猫船長は興味を持った!

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