第541話 天を指す
「まあいい。商談に来たのだろう?」
猫船長が香箱を組む。
手を体の下に折りたたんで伏せるのって、猫らしくていいよね。大福はあんまりしないんだけど、大福は大福で丸まった姿が餅みたいだし、レッツェやアッシュの膝から垂れてる姿もやっぱり柔らかな餅みたいで可愛い。
猫船長は丸まらないのかな? 虎柄だし、アンモナイトみたいで可愛いと思うけど。
「切り替え早いわね……」
ハウロンが驚いている、その脇でソレイユも。
「海の男は細かいことにゃ、こだわらねぇ。多少不思議があったとしても、目の前のことに対処しねぇと乗り切れねぇからな。あるがままに受け入れる――俺もこんなナリしてるし、色々聞かれるのが面倒なのはわかるからな」
猫船長、受け流しスキル高そう! あと気を遣ってくれたっぽいけど、同時に俺も猫船長に聞きたいことが聞けなくなった……っ!
「座れ」
いつの間にか船員さんが椅子を用意してくれていた。
「狭い」
座ったらこう、お互いの膝がつきそうです。ハウロンでかいし、立ってるけど船員さんでかいし。
「船なんだから諦めろ」
「スペースは限られるよね……」
船長室だから個室だけど、一般の船員さんは並んでハンモックだし。
いやでも、ハンモックのほうが便利? 船は揺れる……というか、帆船って、風を受けて走るから、片側にかしいでいることの方が多い。ベッドだと動かない? あ、床に固定? 寝てる間に斜めって転がらない?
聞きたいことが増えた!
「俺の契約は、ソレイユにメール小麦を売るところまでだが、どの船に積み替えるんだ? 一旦、倉庫か?」
「ええ。商業ギルドの倉庫に半分、暁号と指定の船4隻にお願いするわ。一部は小舟で運び出して、島に」
「暁号……海運ギルドも噛むのか」
商業ギルド長と海運ギルド長が、張り合ってる話はちょこちょこ聞くな。主にソレイユからだけど、ナルアディードでもちょっと。
「あの二人は目下、青の精霊島にどちらが長く滞在できるかを競い合ってるわ……」
ちょっと遠い目になるソレイユ。
「大型船でエスまで運んで、その一隻分は火の国シャヒラに。指定の川船屋はあるのかしら?」
ソレイユがハウロンに視線を向ける。
色々細々した段取りを決める。猫船長はあんまり堅実な商売を続けるってのは好きじゃないみたいだけど、そこはそれ船を一隻失ってしまったから、しばらくは真面目にやるらしい。
そしてその『しばらく』の相手が、ソレイユとハウロン。カーンの国もちょうど、家具やら何やら生活のための道具が一度に必要になってるしね。でかい船で運ぶほどじゃないけど、持ち船の一隻は回してくれるみたい。
「今のところこれくらいかしらね?」
「ああ、何か出てきたら別途協議だな」
「ええ。よろしくお願いするわ」
傍に寄せていた酒を飲んで一息つく三人。
「そういえば、アンタのところには精霊の枝が3本あるって聞いたが?」
「ええ。1本は枝と呼んで良いか迷うけれど」
「ナルアディードの麦が枝なら枝だろ」
「そうね……」
そうですね。
「それより3本も掲げて、異なる理想でもやってけるのか?」
「幸い、ね」
にっこり微笑んで答えるソレイユ。
3本の枝に魔物避けの効果がないこととかは外には内緒。ナルアディードの麦の枝様の効果と、風の精霊と竜の契約のおかげでなくても魔物は寄ってこないし、精霊がたくさんいるので、島内はなんとなく明るく、住人も健康的。黒い細かいのも団子になったりしない。
「3本……」
ハウロンは俺を見るのをやめてください。
「もしかして、2本は白と黒の宿木かしら?」
「宿木は話にしか聞いたことがないのだけれど、白と黒のベニサンゴをもっと繊細にしたような枝よ」
ソレイユに向き直って聞くハウロンにソレイユが答える。
「……」
「もしかして、あの枝を伸ばした『王の枝』は……?」
無言になるハウロンに、恐る恐る聞くソレイユ。
「そう。あの綺麗な枝はカーンの枝」
代わりに俺が答える。
「カーンって、火の国シャヒラの王様よね? もしかしてうちの本国ってことになるの!?」
ソレイユが目をむく。
「本国? そういうことになるのか?」
「あの枝をシャヒラの『王の枝』から賜ったなら、そういうことになるわ。いえ、でもあくまで島の中心はあのハニ……『天を指す枝』よ。こういう場合どうなるのかしら?」
さてはハニワって言いかけたな?
「『天を指す枝』だなんて、力強くて神々しいわね――って、エクス棒」
何かに気づいたらしいハウロンが頭を抱える。
猫船長が置いてきぼりになってしっぽの先をぴこぴこしてる。
多分気づいたのは『天を指す枝』という言葉に隠された
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