第40話 悩む理由は一つ

「勘だよ、このクリス=イーズの!」


 今度はギルドの職員を口説き落としているクリス。俺はアッシュたちを手伝うふりして戦線離脱している。


「勘、ですか。……少々お待ちください」

勘というフレーズを聞いて、呆れたのかなんなのか対応していた職員が奥に引っ込む。


「おい。勘なのか?」

興味なさげにそっぽを向いていたディーンが、真面目な顔してクリスの立つカウンターに移動してきた。


「勘だとも」

「あーもう、早く言え! 面倒クセェな、今すぐか? 春で間に合うか?」

胸を張るクリス相手に、頭をガシガシとかいてディーンが聞く。


「春で間に合う、と思う」

自信満々な先ほどと違って、クリスの言葉がちょっと弱い。


 何故いきなりクリスの意見に賛同する流れに変わってるんだ? 勘が尊重されるの? 


「クリス様についている精霊は光の精霊らしゅうございますし、『天啓てんけい』を与えるタイプなのでしょう。ご本人も周りも見えてらっしゃらぬようですが、の実績があるのかと」

そっと執事が俺に耳打ちする。


 あー、精霊持ちなのか。


 こっちの世界には精霊から様々な恩恵を受けている人が、多いとは言えないが一定数いる。精霊の力はまちまちだし、日焼けしにくいとか、髪の色が赤くなるとか微妙な恩恵(?)もあるので気づかないまま過ごす人もいるくらい。


 精霊が見える人は少ない。ただ、いる・・ということは広く知られているので、身体能力におかしなくらい恵まれてたり、クリスのように先のことをよく当てるのも精霊の恩恵として捉えられ、無下には扱われない。


 見えてるのに見えない演技をするのは難しそうなので、借家以外で普段は見えないようにしてる俺だ。家の方も名前付ける時以外はちょっと怖い光景なんで見てないし。


「調査じゃなくって確実に三本ツノと戦闘だろ? このまま俺も呼ばれるな、こりゃ。夕食は酒場ここでになっちまう」

諦めたように言うディーン。


 戦闘が確実なら銀ランクが二人必要ってことかな? 


「ふふん、君はギルドに借りがあるそうじゃないか」

嬉しそうにクリスが言う。


 ああ、ピンク頭のせいでギルドからの依頼は断れないのか。頑張れ〜。


 酒場の飯も、屋台の飯も労働者向けにボリューム優先でしょっぱいので俺は避けてる。食い物に困らないのは贅沢なんだが。他の都市と違って、肉が豊富なのは豊かな森のおかげだろう。


 塩漬けの肉はもちろん、ウサギの腱などはにかわの重要な材料になるし、皮革も売れる。この都市は代わりに小麦や鉱石などを買い入れてるようだ。市壁の外に畑はあるけど、結構魔物に荒らされる率が高くて痛し痒しみたい。


 野菜が摂れない分、動物の内臓からビタミンやらの栄養素を補いたいのか、肝臓とかの生食の文化がある。環境を考えると寄生虫がががががが。魚どころか野菜も生食しないくせになんで肉だけ……。


「戦闘が確実なら、募集は鉄の二本ツノ討伐経験者あたりか?」


 菌とかも心配してたんだが、こっちの住人大抵の菌はなんのそのなんだなこれが。そう言えば花粉症もO157も先進国だけみたいだったし、清潔にしすぎで菌に弱くなてるのか。俺もこの体なら大丈夫なんだろうか……。試さないけど。


「いや、三本ツノは一匹討伐できればいい。長く森の奥にいるつもりはないのだ。ここだけではなく、他の都市のギルドや金にも動いてもらいたいからな」

「金ランクもかよ」

苦い顔をするディーン。


 菌のこと考えてたら話題が金だ。


「森全体のあの雰囲気は普通ではない」

氾濫はんらんか」

「ああ、そうだ」


 なんか深刻そうな顔をしている二人。金髪は先ほどより小声、これはどうやらアッシュに聞かせてるっぽい。考えなしに思ったことを話してしまうタイプかと思ったら、色々考えてそうだなとクリスの印象を修正する。


 アッシュの方を横目でみれば、考え込んで怖い顔になっている。ちょっとビクッとしたのは内緒だ。


 視線を戻したらディーンとクリスが二人してアッシュを見て固まってた。


 しばらくしてアッシュの熊と執事が出したウサギとキツネの査定が終わり、クリスとディーンが職員に呼ばれていったところで解散。



 そして後日、ディーンに呼び止められた俺。


「借りのある身で頼みづれえんだけど、春に森の奥まで付き合ってくんねぇ?」

飯屋に連れ込まれ、料理が届いたところで誘われた。


「パス」

「早っ!」


「表向きは荷物持ちだし、魔物との戦いはこっちに任せてくれて逃げてくれて構わない。個人的に森の奥でちょっと精霊の様子がどうなってるかを見て欲しいんだ」

「え〜」

「まあ、返事はすぐじゃなくていい。アッシュからは参加の返事をもらってるし、見えるやつが二人いた方がいいってだけで強制するつもりもない」


 アッシュが行くなら執事も行くだろうし、精霊が見える人員はすでに二人ですよ。言わないけど。


 ディーンの話だと、銀ランクということでディーンとクリスが行くのは決定。その二人がある程度人員を選んで、ギルド経由で依頼をする。


 今回はなるべく先を急ぎたいのである程度自分で魔物を倒せて、荷物がたくさん持てるやつが欲しいというのがクリスの希望。ディーンはそれに賛同しつつ、荷物は自分で持つから内緒で精霊を見て欲しいというのが希望。


 ギルドの鉄ランクを差し置いて、俺とアッシュに白羽の矢が立ったのがわかる。経験が豊富でも熊を軽々持ち運べる者はそうそういない。


 調査は大抵、森の恵みの多い秋にあるのだそうだが、今回はそこまで待たずに春には出る。早く出たいらしいが、雪に覆われた森を行くのは効率が悪いので春を待つのだそうだ。


 調査の金銭的な報酬はそんなに多くないが、ランクが鉄以上は星が一つ確実に貰え、銅以下ならランクが一つ上がる。


 報酬はそれより下になることはないだろうという話だけど、どちらも特に魅力を感じない。魅力的なのは知識だ、森の奥の状態が普通かそうでないかは俺には判断がつかない。あと、どの程度の素材を売り払っていいかとか。


 でも長期間の野宿が嫌なんだよな。


 メンバーはディーン、クリス、アッシュ、執事ノート、レッツェ。クリスはよくわからないのであれだが、メンバー的には長時間一緒にいてもいいかな。


 野宿、野宿か〜。

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