第41話 調査の準備

 天幕――は徒歩には重すぎる。今の俺ならいけるけど、人数分はさすがにかさばる。軽い革をつないでシートを作っておこう。木にロープを張って一箇所を引っ張りあげて、他の三点を地面に止めれば簡易シェルターになる。


 なるべく軽くて丈夫、雨風を通さない革が必要だ。


 結局、ディーンの話を受けた。片道五日、予備に二日の十二日間の旅。江戸日本橋から京都三条大橋まで十二日から十五日だっけ? じゃあ江戸を立って、駿河湾を見られるくらいまでの距離だろうか。街道をいくわけじゃないからもっと短いか。


 水の心配はまずないけど、雨が降ると普通の獣も魔物も姿を消すことがあるので、それを踏まえて用意しろとのこと。


 俺とアッシュの仕事は食料の運搬と帰りは素材の運搬、自分の身は自分で守ること。中には全部世話を焼かせるやつもいるらしいが、クリスとディーンは自分で自分のことはするそうだ。食料もちゃんと自分で用意したり狩ったりするので、実質帰りの荷物持ち要員。


 ディーン曰く、「自分でできねぇで、はぐれた時どうすんだよ」とのこと。


 なのでまあ、食料は多めに持ってゆくとして、自分が快適に過ごせる荷物を揃えている。飲料水の革袋、料理用の鍋一つ、ナイフ、フード付きの外套、皮の盃、皿。火打ち石に着火剤に松脂、スコップ。川があるそうなので釣り針と糸。ああ、補修用の針と糸も用意しよう。


 ロープと袋と……。


軽い革のシートと外套、虫除けの塗り薬、保存食は作ろう。丈夫な手袋も欲しいな。


 寒いけど、とりあえず森に行って魔法の練習かたがたオオトカゲを狩って、材料調達しよう。


よし!


 ――何か本末転倒な気がしないでもない。そう思いながらツノありのオオトカゲを積極的に狩る。二本が多いけどやっぱり三本もいる。俺の狩ってる場所が果たして森のどの辺なのか謎だが。地図の縮尺がピンとこない。


 調査の範囲外の森の深いところには普通に三本ツノがいるらしく、そちらはもう森に定住してほぼ人里に降りて来ることはないそうだ。嫌いなものには寄らないタイプ?


 ここは二本ツノのほうが多いから、そこまで深い場所ではないと思うんだけど、どうだろう。


 魔法の練習は寒いのでやめました。


 気配を探って、ツノありを出会い頭に倒すお仕事です。寒さが敵だ! 足元も悪いし、熱烈なかんじのクリスが冬を避けた理由がよくわかる。


 もっとも、調査から戻ってすぐにギルドには再調査を要望したが、一度却下されてるらしい。正確には貴族の相手をしている間、ずっと保留にスルーされてたようだ。二日間の指導のはずだったのに、隣の都市まで送らされたとか、やだね貴族。


 ギルドもまだピンク頭に憑いてた精霊のことでバタバタしてた頃だろうし。ああ、ここで精霊を見てみるか。


 目を閉じて、目を開く。


 途端に変わる世界。半透明から実体と変わらないものまで、たくさんの精霊が周囲にいる。


 多くは家に来る精霊と同じだが、目が真っ赤だったり隈ができてる精霊がいる。


 これが憑くと魔物になるのかな? その精霊の殆どが手足の先や顔の一部などが溶けたように消えかけていたり、すでに形を保てず小さく丸くなっていたり。


 どこかが欠損している精霊は、他の精霊の体を取り込もうとしている。自分が失くしたその部位を。溶かすようにか食い破るようにか違いがあるけど、狙うのは自分が失くしたモノ。


 力を落として、記憶が残る者もいれば焼けこげるような感情だけが残り、それに支配される者もいる。そう聞いた。


 ちょっとこれは嫌な光景だ。リシュと同じであれば【治癒】は効かない。リシュと同じであれば癒す方法も同じか。契約して力を流す。


 今まで時間を区切って――数を制限してたし、精霊の側で受け入れ態勢MAXだったので特に何ともなかったけど、本来『名付け』は気力を使う。力の強い、支配を嫌がっている精霊には特に。


 その後は精霊を養うために魔力を使う。今まで魔力を食われているのは意識したことがないけど、それは俺の身体能力が反則的だからだろう。


 あと、魔力を消費するのに慣れてくると総量と魔力の回復も早くなってくるらしいので、せっせとちょっとづつ増やしているから俺の能力の向上と釣り合いが取れてるのかも?


 最初に契約して名前を番号から付け直した精霊は、手のひらサイズからティッシュボックスくらいのサイズになっている。精霊の力を借りる時に別に魔力を譲渡するのでそのせいらしい。


 みんな好意的で、そんなに多くの魔力を渡す必要がないのも魔力切れがない理由か。何故か魔力渡してないのに愉快犯的に参加してくる精霊が多いし。


 リシュにはわしわしもふもふなでている時に魔力を渡しているんで、一番俺の魔力が流れてるはずなんだけど、まだ小さいままだ。元気にはなったんだけど。


 この敵愾心満々な黒く染まった精霊は今までの精霊と同じようにはいかないだろうな。まあ、やれるだけやるか。オオトカゲは必要量以上に仕留めたし、今日の業務は終了だ。


「さて」

名付けるかと決めたものの、今まで精霊側から来てたので方法がさっぱりわからない。


 とりあえず近くにいた精霊をむぎゅっと掴む。


「お前の名前は黒の一」

じっと見つめて名を告げる。ちょっと抵抗というか、名前を告げ終えるまでもがもがしてたけどあっさり通った。どうやらこの方法でいいらしい?


「黒の二」

「黒の三」

「森の黄色の一」

「黒の四」


 追っかけ回して片っ端からむぎゅっとして名付けました。ぷりぷり怒ってたり、名付けただけで放り出したのに戸惑ってる風だったり反応は様々だ。


 まだまだいるけど、低体温症が怖いのでここでも時間を区切って撤退。合間に寄ってきた普通の精霊にもつけた、番号忘れたんで森をつけて一からだけど。トカゲと狐の魔物の素材も追加。魔物も頑張れば「名付け」ができそうな気もするけど、襲ってくるものは倒す方向だ。


 これは自己満足のためにやっているので、全部どうこうする気は全くないし、俺の気分と好悪で行動する所存。


 そういうわけで明日も来るからな! 逃げたやつ覚悟しとけ!


 ――帰って床に倒れこんで、心配されたリシュに周りをぐるぐる回られました。ちょっとセーブしようと思います。


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