第210話 三つ編みです
「なんだこのザリガニの尻尾みたいなの」
ディノッソが髪を引っ張りながら言ってくる。
夕方、約束通りディノッソ家を訪れ、俺が席に着いたところで気づいたらしい。
「アッシュが三つ編みにした」
こっちに来てそろそろ二年、伸ばしっぱなしの髪は十センチくらい。普段は後ろでくくっている。
特に剛毛というわけじゃないんだが、どういう力の入れ方をしたのか、アッシュの作った短い三つ編みは後ろで反り返ってはねている。
「そのままにしてんのかよ」
「髪を洗う時に解くよ」
暑いから毎日洗っているとも。洗うの面倒だし、短くしたい。
「面はいいんだから、ちったあ気にすればいいのに」
「できれば切ってしまいたいんだが、女性陣と執事の反対にあっててな……」
奥さんを敵に回したくないとか言って、レッツェも切ってくれない。そして俺も女性陣を敵に回す勇気がない。
ディノッソと話していると、座っている俺の背後に回って双子がザリ……三つ編みを弾いて遊び始めた。男子二人には好評の模様。
ティナには最初不評だったけど、双子につられて遊ぶうち気に入ったようだ。大人二人は微妙なままだったけど。
「ジーン、まだお花つけてくれてるの?」
「ああ。このケーキの上にティナへのお返しが乗ってるから、お母さんに後で切ってもらって」
「何かしら? 楽しみ! お手伝いしてくる!」
ケーキの箱を慎重に持って、ぱたぱたと台所にゆくティナ。
すぐに運んでちょうだいと声がかかり、双子も台所に飛んでゆく。
アンズタケが平たい笊に入れられて棚に並べてある。昼間、中庭にでも干していたのだろう。生よりも干した方が香りがいいキノコだ。
元住んでいた家と違う家具、違う雑貨。でも雰囲気は変わらないので、ちょっと嬉しい。
「お待ちどおさま。たくさん食べてね」
笑顔で子どもたちを従えてシヴァが料理を持ってくる。
キノコのサラダ。相変わらずキノコを生で食うのに慣れず、口に入れるまでにちょっと迷うんだが、しゃきしゃきとして美味しい。
焼いて冷やしたプルのソテー。バターとオリーブオイル半々かな? しつこすぎることもなく、いいかんじ。
熱々なのは指を押し付けてくるっと反らせた、小さなパスタ入りのクリーム煮込み。アンズタケ、ベルガモット入りかな?
「美味しい」
キノコからソースの中に香りが出てるし、ソースもキノコによく絡む。小さなパスタがモチっと。
キノコはソースを吸うから、中に味が入る。代わりに水分が多いブイヨンで煮ると味が拡散しちゃうけど。
「今回はアンズダケが大量だったな」
ディノッソが食べながら言う。肉とパンも出てるけど、キノコが主役の食卓だ。
「キノコ美味しい〜」
「いっぱい採った!」
「たくさん採った!」
子どもたちも笑顔だし、それを見るシヴァも笑顔。
『食料庫』は便利だけど、こっちで暮らしているうちに旬のものを楽しみにすることが増えた。いつでも食えるし食うけど、旬のものは特別感が違うかんじ。
「デザートはジーンが持ってきてくれたケーキよ。ティナ、持ってきてちょうだい」
「はーい!」
食事前に箱ごと台所に行ったケーキが、箱ごと食卓に戻ってきた。ちなみに箱は木製で、岡持ちを正方形にしたみたいな形。後で回収するのだが、だいたい何か入れられて返ってくる。
「ジーン、せっかくだから切り分けてくれるかしら?」
「はい、はい」
シヴァに頼まれて、ケーキを取り出す。
側面が上にスライドして開く仕組みで、ケーキが乗っている板ごと引き出せるようになっている。
「わあ! お花がある!」
きゃっきゃと喜ぶティナ。
暖炉の火でナイフを温めて、ケーキを切り分け各自の皿へ。刃が温まっていると綺麗に切れる。普通はお湯につけるんだけど。
「喜んでもらえて何よりだ」
生クリームの花が一番綺麗にできたところをティナへ。
「お前、器用だな」
ちょっと呆れたようなディノッソ。
「後でどうやって作るか教えてちょうだい」
絞り出し器につける薔薇用の口金さえ用意すれば簡単なので、後で一式シヴァに贈ろう。
「お、うめぇ。甘いかと思ったらそうでもねぇな」
「ブラックベリー味だし」
甘酸っぱい。
子どもたちを含めて、わいわいと話す。笑いが時々起こる、平和な時間が流れる。やっぱりいいなあ。
農家かと思ってたら金ランク冒険者で、エンが【収納】持ちで狙われてて――秘密の多い家だったけど。
家に帰って、リシュをなでる。新しく水を換えても、俺を見上げて不思議そう。ああ、ザリガニか。
いかん、ディノッソのせいでザリガニ呼ばわりが定着した。
「これから風呂だし、元に戻すから」
そう話しかけて、風呂に向かう。
――ザリガニが解けないだと!? どういう編み方をしたんだろう? 鏡の前で悪戦苦闘してたら、リシュが侵入してきてぺたんと座って見上げてくる。
何をしてるんだろう? という目。
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