第47話 Side勇者

結花ゆかはまたじんこもってるの?」

問いかけた女は黒い瞳を、閉じられた扉の先に向ける。


 艶やかな黒髪、どこか無邪気さを残した白い顔は庇護欲をかき立て、低くはないが落ち着いた声が人を信頼させる。


「ああ。かないで、僕のお姫様。妹は初めての恋人に舞い上がってるだけだ、君の弟君にね。君には僕がいるじゃないか」

一緒にワインを飲んでいた男が、芝居がかって切なげに微笑む。


「あら別にそう言うことではないの、私には久嗣ひさつぐもファティンもいるし。……ただ迅は女性不信よ? 結花が心配なの」

そう言って女――はるかが視線をそらして小さくため息をつく。


「ああ、迅君のそばにいる女性は姉の君だけだった。でも、あの迅君・・・・はこちらで妹が力として・・・・望んだ存在・・・・・だ、妹べったりなのは仕方ないよ。――ここで他の男ファティンの名前を出さないでほしいな」

久嗣が遥の髪を一房すくい取って口付ける。


「それにアレは結花のものだけれど、僕らの記憶を読んで動く人形だよ。君の弟がいるのは日本だ」


 遥たちがこちらに来ることになった原因、世界の安定のために行う召喚には、あちらの世界で残された寿命の少ない者だけを喚ぶという決まりがある。


「私たち健康だもの、寿命が短かったのは絶対交通事故よね? 迅を待って一緒に渡るべきだったかしら……きっと寂しがってるわ」


「その場合、迅君は兄になるのかな? 今の遥は迅君より年下だよね?」

「あら、弟は弟だわ。何があっても」




 喚ばれた者にはこちらの世界で生きるために、望む能力が付与される。


 遥が選んだのは【全魔法】【支配】【若さ】【美貌びぼう】【言語】。

 久嗣が選んだのは【全剣術】【能力強化】【若さ】【美貌】【言語】。

 結花が選んだのは【人形】【若さ】【美貌】【言語】。


 こちらの言葉を理解するための【言語】と身体能力の強化は、こちらの神と呼ばれる存在に望むまでもなくつけられた。


 【若さ】【美貌】は字面の通り。姉だった遥は弟より若くなり、面影を残したまま望んだ通りに美しく変わっている。


 【全魔法】【全剣術】はこの世界で記録されたことがあるものは、学習する必要もなく元から持っていたかのように全て使える。


 【全魔法】はともかく、【全剣術】は物語に出てくるような技や動きが多く、剣術の基礎の経験が必要になってくる。一度でも動きをなぞることができれば能力によって自身のものとできるが、それさえも面倒に思った久嗣は神の助言により高い基礎能力をさらに高める【能力強化】で補っている。


 【能力強化】と【支配】、【人形】は持つ者の性質と行動とで成長する能力であるため、未だ効果は定まりきっていない。




「迅、また強くなったの?」

結花が迅の筋肉のうっすら浮き出た腹をなぞる。日本にいた頃の結花の・・・記憶より引き締まった体。


「ああ。結花の望みだし、強くなるのは楽しいから」

迅が結花から離れるのは鍛錬の時間だけだ。騎士たちに混じって迅が剣を振るうのを結花もよく眺めている。


「楽しいのは遥さんがいないからでしょう?」

「そうかな?」


 ――遥に会わせてはだめ。側に行かせたら遥の記憶にひっぱられちゃう。迅は遥が思ってるような人じゃない。嫌がっても最終的には迅が遥を好きで望みを叶えてくれるって自信満々だけど、絶対違う。遥の記憶は間違ってる。


「私が自由にしてあげる」


 ――迅をちゃんと見てるのは私だけ。


「ああ」

答えて迅が結花を抱きしめる。


 【人形】は結花に望む姿があり、その姿をとっている。能力的には結花自身に使わなかった分を上乗せし、どうしても強くしたいという結花の望みを神が叶えた。


 何かを取り込んで少しずつ強くなるらしいが、出来上がった【人形】の姿に舞い上がって深く聞くことをしなかった。


 残念ながら結花の知らないことも多く、形作るのに遥と兄の記憶も借りているけど、安定すればそれも不要になる。


 遥には無理だとやんわり止められたけれど、結花はあの花火大会の日に迅に告白するつもりだった。もう日本には戻れないし、戻っても死ぬと聞いた時は絶望したが、この世界に迅が、それも自分の横にいるのならば満足だと思う結花。


 遥の迅に対する認識が間違っていると断じておいて、自分の認識が間違っているとはみじんも思っていない。


 【人形】は愛する存在ひと、その本質も結花は見ていない。

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