第46話 お手本がいっぱい
さっきから執事の足運びを真似して学習中。
執事の装備は、俺が貸し出したフードつきのローブコートの下はスーツに足首までを覆う革靴――略式の乗馬靴だそうだ。その格好で裾を汚すことなく森の中を歩いている。さすがに靴は汚れているけれど、俺ほどじゃない。
ちなみに靴の汚れは俺、ディーン、レッツェ、アッシュ、クリス、執事の順でひどい。ディーンは靴もごついブーツで踏みしめて歩く感じなので、それぞれ何に価値を置いているかで歩き方に差もありそうだけど、俺の足運びが下手くそなのは間違いない。
執事の武器はエストックっぽい細身の剣。レイピアのように優雅な感じで扱うくせに、鋭く硬い刃はしなることもなく獲物を突き刺す。
最初の話の通りほとんどの魔物はディーンとクリスで倒してくれるのだが、他と戦っている時にイタチの魔物が戦闘の音に驚いたのか飛び出して来た。そのイタチを目のところからサクッと喉まで貫通させて見せた執事。
なかなかエグい。
俺の戦い方はディーンの方に近いので、ディーンの足さばきを学習するべきなんだろうけど、執事の服が汚れないのがうらやましい! なので移動は断然執事です。
「こっから先は狼が多くなる。個々は熊より弱いけれど、群れるからね! 私たちに頼らず逃げるなり戦うなり自分の身を守ってくれたまえ」
「はーい」
クリスが促す注意に返事をする俺。
「うむ」
アッシュも。
少々暑苦しく無駄にみなぎった感じがするクリスだが、面倒見は悪くないし気遣いもしてくれる。なお、熊率が高くなってからディーンとクリスの袋は俺とアッシュが担いでいる。
もう本当になんで袋なんだろう。サンタ? 重くはないが持ちづらいことこの上ない。面倒なんで袋を紐で網状に縛って、肩にかけられるようにした俺です。大丈夫、この世界で亀甲縛りは知られてない。
「――その結び方を教えていただけますか?」
再び知識欲満点な執事からのお願い。
「俺も頼む!」
レッツェ。
結果、全員で荷物を亀甲縛りというシュールなことに。俺は悪くない、俺は悪くないはず。
「おっと、団体さん!」
ディーンの視線の先に、六匹ほどの狼の群れ。
様子を伺いつつ、じりじりと距離を詰めてくる。
一人あたり一匹かと思いながら眺めていると、リーダーらしい狼が地を蹴ると同時に他の狼も獲物と定めた者に襲いかかる。
なんで俺に三匹くるかな? 俺が一番隙だらけで弱そうに見えるってことか。肉食獣が狩りをする時、草食獣の子供を狙うのと一緒ですね、わかります。
「ジーン!」
「はい、はい」
レッツェの切迫した呼び声に返事をしながら狼を斬る。踏み込んで下から擦り上げ、まだ空中にいる狼の喉元を一閃、俺がいた場所のそばに着地した狼を返す刀で斬り捨て、残りの一匹が再び飛びかかろうとタメを作ったところに斬りつける。
『斬全剣』じゃないので刃こぼれが心配。力とスピードに任せて斬ってるだけだからな。一応、首は狙っているものの二匹は背中側から骨を斬っている。飛ぶのを待って柔らかい喉笛を狙った方がいいんだろうか。
「……って、本当に強えぇ!?」
レッツェに驚かれた。
「宵闇の君……。隙だらけなのはこの程度で警戒するまでもないからなのか!」
クリスが過分な褒め言葉を投げてくるが、不正解。
単に警戒するのに慣れていないだけです。
「戦いに慣れてなさそうに見えるし、その見てくれで剛剣だし、ほんと見た目の印象裏切るよな」
ディーンが呆れた顔をして言う。慣れてないのは正解だ。
今は身体能力の速さに任せて対処療法――じゃない、目視してから対応するので間に合っている。だが、俺より速い敵が出てくる前に、動きの先読みやら色々学習しないといけない気配がひしひしと。
日本で危険と程遠い生活していたので、どうも何かに警戒しながら行動するのが難しい。
狼の残りの半分はディーンとクリスが倒した。
「クリスもきれいな剣を使うな」
「む、褒めてくれるのかい? 礼を言うよ!」
背景に光のキラキラ背負ってそうな笑顔でクリスが答える。
クリスはもっと派手な剣を遣うのかと思っていたら、思いの外繊細というか無駄のない太刀筋。
「アッシュといい、ジーンといい、冒険者になったばかりなのに。ちょっと自信なくすぜ」
そう言いながら手早くツノの回収を行うレッツェ。
驚きつつもすぐやるべきことを始められるところが凄いと思う。銀ランクの二人といい、冒険者の先輩たちはさすがだ。
「狼の魔物は血の匂いに集まります、移動しましょう」
執事が回収したツノを袋にしまいながら言う。
「うむ」
アッシュが投げ捨てた袋を拾い、肩にかけ直しながら頷く。
アッシュと狼を倒した時と違い、この場所は狼の生息数が多い。実際【探索】に同じ気配がたくさん引っかかっている。執事の言う通り早くこの場を離れた方がいいだろう。でないと、いつまでも戦ってなきゃいけなくなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます