第45話 揚げ物

 川に沿って森の奥に進む。森なので急な勾配こうばいがないため流れは穏やかだ。二年に一回とかの頻度とはいえ、人の歩いた跡があるため思ったより歩きやすい。


「おー、そろそろ昼にしようぜ」

「結構進んだな。天気が良くって助かった」

ディーンとレッツェ。


 川辺で昼休憩、昼はそれぞれ持って来た弁当。弁当といっても普通はパンに肉を挟んだだけのものが多い。


「トイレついでに薪を集めてくる」

なお、荷物は持ってゆく。


 ここで魔物に襲われて分断されても厄介だし。他の人は肩掛け鞄のみで、大黒様のような袋は置いてくみたいだけど。


 クリスとレッツェは居残りで荷物番と火起こしするための場所を整えたり、見える範囲での薪拾い。


 熊が出る範囲ではあるけど、それ以上の魔物は出ないので別行動してるけど奥に進んだらクリスかディーンのどちらかと行動することになる。


「リシュ」

家に戻ってトイレついでにリシュをなでて森に戻る。


 早朝の自由時間はもらっているけど、反故ほごにされてついてくるって言われたら面倒だな。トイレを済ませて真面目に薪を拾いつつ思う。


 お? 野生のアスパラガス発見。紫がかったひょろりとした芽がまっすぐ伸びている。小指の半分の太さもないけど結構生えてる。


 もう少ししたらアスパラソバージュが取れるのに、と執事が嘆いていた。特徴を聞いたらアスパラとは別なものらしいのだがどんな味がするんだろう。旬は四月頃からだそうなので、まだ先だ。その頃になったらちょっと探してみようと思う。


 セイヨウフキも発見。こっちではバターがこの葉で包まれて売ってる。片頭痛、鼻づまり、花粉症、尿管の炎症などを改善させる効果があるけど、急性肝炎や肝不全になる可能性もあるとの鑑定結果。


 危ない、フキノトウの天ぷらとか頭をよぎってた。今回はアスパラだけで満足しよう、撤退撤退。


 元の場所に戻るとすでに火が熾きており、執事が湯の準備をしているところだった。俺が一番最後、この人数でなら夜はともかく薪はそれぞれ少量拾ってくればいい。だいたいがトイレを兼ねて散ってるだけだ。


「ただいま」

薪が置かれているところに俺がとって来た分を置いて弁当の包みを出す。


 コートのおかげもあって動いていればそうでもないのだが、まだまだ寒い。体を温めるスープやお茶は欲しいところ。まあ、そのために執事が湯を沸かしてるんだが。


「これはお茶用?」

「はい、そうでございます」


 俺も鍋を出して湯を沸かし、乾燥させた鶏肉と玉ねぎ、椎茸を放り込み、塩胡椒。玉ねぎと椎茸は角切りにして干してあるので切る必要はないし、鶏肉も繊維に沿って手で簡単にちぎれる。あとは放置で、弁当を開ける。


 カツ、タマゴ、チーズとハム、ソテーしたきのこと牛肉のサンドイッチが油紙に包んである。冷めても美味しい唐揚。


「お前の昼、やたら美味そうなんだが……」

「食ってもいいぞ。少し多いし、保たないだろうし」

パンの大きさ的に全部二つずつになっているので俺一人では食べきれない。夜に回してもいいと思ってたがアスパラ取れたし。


「って、お前ら全員!?」

手があちこちから伸びて来て、それぞれ一つずつ持ってゆく。さすがに俺の分が足らぬ! まあ、唐揚げ食えばいいか。


「なんという柔らかさ!」

タマゴサンドを持っていったクリスが声を上げる。こっちのパン、固いかもそもそしてるよね。オリーブオイルたっぷりかけて食べるの前提なのかなんなのか、いや、保存のしやすさが前提か。


 あと、麦の種類と質だな。こっちはまず余すことなく食材を利用していかにカロリーを取るかだし。


「俺はパンは固いほうが好きだけど、この肉うめぇな」

「美味しいのは同意する」

「この周りの何だ?」

「パン粉」

ディーンとアッシュが食べているのはカツサンド。こっちにもパン粉はある、正しくは日を置いて固い上にも固くなったパンを荒くすりおろして煮込む料理がある。それ以外見たことないけど。


「パン粉でございますか?」

「正確には卵と小麦粉を混ぜた液に豚肉をつけて、そこにパン粉をまぶして揚げてある」

作るつもりか、聞いて来た執事に答える。


 こっちでは、だいたい暖炉で調理することが多いし、揚げ物というのは少ない。フライパンで作るカツレツみたいな薄いやつはあるから馴染みがないわけではなさそうだけど。


 分厚い豚ロース、荒いパン粉。揚げたてはサクッとして中の豚肉はジューシー。カツサンドは、パンに挟んで一日置いたカツは衣にソースを吸って豚肉共々しっとり。歯を立てるとプツリと豚肉が嚙み切れる。


 多分オイスターソースを作る方が大変だぞ、と心の中で思う。俺は【転移】で牡蠣を買って来たけど、こっちで普通に手に入れようとしたらどうなるのだろう。というか、牡蠣の存在自体知らないんじゃないだろうか。


 この世界の旅は気軽にできないし、生物なまものの食文化は断絶されてる。治める領主が違う土地に入る度、門を通る度、橋を渡る度に通行税が取られるし。


 街に入る以外の大抵の通行税は、ランクが鉄以上ある冒険者や、商人は免除されるのが慣例らしいが、やっぱり領主によるところがあるそうな。魔物が増えないと冒険者からも税をとったりと同じ領主でも結構変わるし。


 裏を返せば一般の旅人からは搾り取るだけ搾り取るところが多い。大事な税を納める働き手に他の都市に移動されては困るからだろう。農民は土地に縛り付けられているのだ。


 スープを飲みながら唐揚げを食べる。


「これも美味い」

「鶏肉かね?」

「これも油で揚げたやつだな」


 料理についてよく喋るのはディーンとアッシュ。作り方を聞いてくるのは執事。なんかクリスとレッツェは途中から黙り込んでずっとモグモグしている。目の焦点が若干あっていないっぽくってちょっと怖い。


 ずっと歩きっぱなしの予定なので、下味は結構がっつりつけてある。塩胡椒、ニンニクと生姜、魚醤ぎょしょうとブランデーを少し。魚醤はアンチョビを作った時の副産物だ。


 【転移】という反則はしているが、一応こっちで俺が見た食材を元に作れるものしか持って来ていない。なお、品質については考えないものとする。――トウモロコシもだいぶ違ったし、『食料庫』のものとは同じはずのものでもだいぶ違う気がひしひしとするけど。


 うん、揚げたてにはかなわないけど、美味しくできた。

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