第44話 鞄

「おお、月のごとき君も! 今日は雲に隠れているのが残念だよ」

今度はアッシュと握手しているクリス。


 月……? ああでもなんとなくわかる。眉間のシワがないというか、目つきの悪くないアッシュはクールビューティー系だ。――ただそれでも女性には見えないが。


 クリスも眉間のシワがないところ見たんだな。ディーン曰く、クリスは男女構わず、人モノ構わず、きれいなものにこの調子らしい。


 それは置いといて、どうしても顎をなでる精霊に目がいってしまうんだがどうしたら。俺が割れ顎スキーみたいに見える恐れが!


「皆様、今回はよろしくお願いいたします」

久しぶりのカイナさん。


 全員集まったのを確認して声をかけて来たようだ。


「ジーン様も以前ご迷惑をかけたのに、ご協力いただいてありがとうございます」

全員に一言ずつ。


 俺は【転移】もできるし、あんまり深刻には思えないのだが、森の奥の調査は危険が伴う。最悪帰ってこれない仕事に「調査隊」という一括ひとくくりではなく、名前を呼び個として認識してもらえるのは嬉しいことじゃないかな? 美人だし。


 クリスが今度はカイナを讃え出すのを聞き流しつつ、これからのことを考える。必要じゃないかと思うものを色々詰めて来たので俺の荷物は山の中でキャンプしにきました! みたいな状態。


 背負うタイプの鞄というか、ザックを自作しているし、その上には畳んだシートにクルクルと巻いた寝袋もどき。持って来た食料に不足はないだろうか?


「ジーン様、帰ったらぜひその鞄の仕様書をお願いいたします」

付け加えるように俺に二言目が来た。


「こちらはギルドから。ご無事を」

ポーションを一瓶ずつもらって出発。


「ジーンの鞄はなんかすごいな、革かこれ」

「上に巻いてあるのはなんですか?」

ディーンとレッツェが歩きながら興味深そうに聞いてくる。


「ああ、鞄は革で自作だ。上のは布団」

「布団……」

外側は二本ツノより重いけど、伸びるしちょっと弾力がある三本ツノの皮、内側は羽毛布団に使った目の詰まった布。ただの正方形で半分に折って使うつもりだ、魔物が出たらすぐ立ち上がれるほうがいいし。


 みんなの荷物は肩掛け鞄と袋。袋……。

 確かに狩った魔物を袋に入れて運んだけど、袋なの? 普通の旅支度も袋なの? それすごく持ちにくくない? レッツェと執事は背負子みたいなのついてるけど。俺、魔物用の袋も不便だったから背負えるようにベルトと紐つけたんだけど。


「魔物が出た時邪魔になって不便ではないのかね?」

アッシュが興味津々という顔――少々眉間にシワがよって怖い――で聞いてくる。


「いや、動いても荷物が揺れて体幹がぶれることもないのではないか?」

「単純に重いだろ、すぐ投げ捨てられねぇと」

クリスとディーンが戦闘時のことを話している。


 ちゃんとベルトをつなぐ金具を押せば簡単に外れるんだが。日本で使ってたバックルの上下のボタンを押すと外れるあれだ。プラスチックではなく金属で作ったので少々力がいるが、俺の握力だと普通に使える。


 横と下部にベルトのアジャスターをつけて広がらないようとめてあるが、ちゃんと熊の入るサイズまで大きくできる。行きは食物が入ってるので広げても入れるのは無理だが、食物を胃に収めた後なら熊を入れるのも可能だ。


「こうしてみていても進行の邪魔になる風ではない、むしろ私たちの荷物のほうが邪魔なようだ」

クリスが鞄を気にして視線を投げてくるのだが、俺としては話すたびに変わる顎のラインにうっとりしてる精霊の方が気になる。


「戦闘はディーンとクリスがすることになってるし、問題ないだろう? 荷物持ちとしてはこの機能は欲しいぞ」

レッツェはディーンだけでなくクリスとも付き合いがあるらしく、聞いてみたら何度か荷物持ちとして魔物狩りについていったことがあるのだそうだ。


「もちろん宵闇の君に危険な戦闘などさせないとも」

高らかに宣言するクリス。


 一応俺の腰にも剣がぶら下がってるんだが、見えてるだろうか? 


「実は経験も浅い君をディーンが連れてくって言い出した時は心配したんだが、俺の知らない知識がありそうだな。でもディーンとクリスが魔物を引き受けてくれるとはいえ、取りこぼしもあるから気をつけろよ」

レッツェが言う。


「レッツェ、こいつ熊狩るぞ?」

「うむ」

「え?」

「は?」

「……」


 ディーンの言葉に肯定がアッシュ一人だけってどう言うことだ? 執事は微笑という名の仮面かぶってて反応わからんけど。


「そういえば最近はギルドに売りに行ってなかったな」

レッツェはクリスの一回目の調査に着いていったそうなので、俺が一番噂になってた時期はいなかったようだ。クリスはさらにその後貴族の依頼で街にいなかったし。


「……熊を背負って帰ってくるので有名な新人はアッシュ君では?」

「最近はそうかもしれんが、最初はジーン殿だ」

「ある程度できると思わなきゃ、ギルドだって許可しねぇだろ」

納得いかないのか、探るような言い方をするクリスにアッシュとディーンが答える。


「……」

「……」

納得いかない顔で俺を見るのはやめろ! 特にクリス! 何処吹く風で顎を触ってる精霊に笑うから!

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