第117話 遠乗り
遠乗りは森とは反対の西の方向。太陽を背に俺とアッシュが並んでぱかぱかと駆け、執事はちょっと離れてついてくる。天気がよくてよかった。
俺はルタ任せで走っているので風景を楽しめる。麦や豆の畑が広がって、それのない場所には羊と山羊の姿。時々木々が生えているが、たぶん薪を得るために最低限残してある分。
ゆるい丘が続き、遠くに見える稜線が空と大地を分けている。
「あそこまで早駆けして、休憩にしよう」
「ああ、昼になるしちょうどいい」
アッシュの指差す先には、丘の上にまばらに生える木々。
アッシュの手綱さばきは見事――たぶん。俺に馬を操る力量がないのでよくわからないんだが、馬に乗っている姿がきれいだ。後ろで結んだ長い髪が風に吹かれて泳いでいるくらいにはスピードが出ている。
ルタ任せの俺とは違うね! 乗っているのは鹿より楽なので問題ないんだけど。
「ありがとう」
馬を降りて、まずはルタの労をねぎらう。俺がアッシュの馬と並んで走れたのはどう考えてもルタのおかげ。
荷物を降ろして、中から水筒と馬用の桶を取り出して水を注ぐ。ルタが水を飲んでいる間に
「帰りもよろしく」
あとはご自由に。
軽く
アッシュと執事の馬は近くの木に繋がれ、まだブラッシングをされている。一瞬繋いだほうがよかったかと思ったが、まあいいかとすぐに思い直す。
何をどう気に入ってくれたのか、呼べば来るし。下手すると引き綱引きちぎったり、馬房の柵を後ろ脚で蹴って壊すし。
座りやすそうな場所にシートを広げ、バスケットを開ける。執事がお湯を沸かすために火の準備をしている。
乾燥しないように乗せてあった木の葉を退けると、中にはサンドイッチとおかず。
「ジーンの作る食事は見た目もきれいだ」
のぞき込むアッシュの顔が近い。
「好きなだけどうぞ」
「む……」
好評だったカツサンド、アンチョビバターを塗ったハード系のパンにたっぷりの卵とカマンベールチーズみたいなのを詰めたタマゴサンド。バゲットにローストビーフと玉ねぎとクレソン。
アッシュが最初に手に取ったのはタマゴサンド。
「ノートも」
「お言葉に甘えまして」
こちらはローストビーフサンド。
「辛めの白ワインを持ってきたけど、一応ビールもある」
こっちにあるビールをお手本に作ったやつ。
水代わりに飲むものなのでアルコール度数は低い。小麦ではなく大麦で作り、ラズベリーを混ぜたもの。
松やに、パン粉、セージ、ラベンダー、カモミール、ローレル、ヤマモモ、クジラの結石まで色々なものを混ぜるのが流行っているようなのだが、ちょっといろいろ勇気がなく無難なラズベリーを選択した。
「ワインで」
「はいはい」
酒を飲んで馬に乗るのは飲酒運転になるのだろうか?
俺もタマゴサンド。パンに塗ったアンチョビバターの塩気、隠し味にちょっとの蜂蜜。マヨネーズと卵はふわっと、チーズはクリーミー。大人っぽい味にするには黒胡椒を挽いても良かったかな。
スッキリした白ワインに合う――ような気がする。これはナルアディードで買った白ワイン、後一年もすれば日本の成人に達するので食料庫の酒に手をつけられる。ちょっと楽しみ。
「これも美味しい。エビだな? 香ばしい」
「こちらも。油の始末に少々困りますが、うちでも揚げ物をやってみましょう」
唐揚げ、冷めてもサクサクなオニオンフライ、川エビを殻ごとすり身にして春巻きの皮で包んでカラッと揚げたやつ。
サラダがわりに、トウモロコシの粉で作ったトルティーヤで鳥と玉ねぎとチーズを巻いたもの、同じくキャロットラペと千切りキャベツとハム。
玉ねぎはスライスして塩もみしたけど、これとキャベツはアッシュと執事の生チャレンジ。タンポポの若葉とかは生も食べるみたいだし、イケると思う。
「一応、ちゃんと街で手に入る食材で作った」
アンチョビはノーカンにしてください。あと売ってるのは確認したけど、玉子とか小麦粉とか食材はうちのです。
肉巻きおにぎりとか、彩にトマトとか使いたいのに我慢した食材の数々よ。まあでも米も含めて様子を見ながらかな? 食べつけないものがメインで出ては辛いだろう。
ナルアディード周辺ではパエリアみたいなのがあったんだけど、山を越えた大陸側では見ない。
「ジーンは好きなものを作ればいいと思う」
いきなり怖い顔でアッシュが言う。なんか後ろにうずまく暗雲のような効果がこう……。唐揚げの刺さった串を握りしめてるけど。
「今は力不足だが、きっとジーンが好きなものを作っても、色々なものから守りきれる強さを手に入れてみせる」
「お嬢様……」
ノートが小さく呟く。
アッシュ、宣言が男前すぎる。あと、色々俺の立場がこう、ね? 俺、多分強いんだけど。強いよね? 不安になってきた!
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