第116話 乗馬

 朝起きてリシュと散歩。

 朝飯と飯の仕込み。

 リシュと遊ぶ。

 畑の手入れと家畜の世話。

 リシュと遊ぶ。


 昼までは各種素材集め。森の修行場に行って、魔法の訓練がてら石柱を壊して珪石けいせきを集める。

 ソーダー灰、石灰石せっかいせきすずやら鉄の各種鉱物、材木等は面倒なので素材の取れる現地で注文済み。希望の量が集まるまで時間がかかるだろうけど、急いでいないのでいい。


 で、時々森の精霊の名付け。


 昼は乗馬の授業料がわりにレッツェとアッシュたちと。レッツェが教えるって言っていたのに、教師役にアッシュと執事も参加するようだ。午前中、冒険者ギルドで会ったんだって。


「相性を見ようか。どの馬がいい?」

「えーと」

そう言うわけで貸し馬屋です。


 馬の中でも馬車を引く種類の馬だとか、荷物を運ぶのが得意な馬だとか、速い馬だとか。カヌムは冒険者が多いため、音に驚かない軍馬も少数ながら扱いがある。


 生で馬を見る機会がほとんどない俺でも、明らかに体型が違うことがわかる。アッシュは馬が好きなのか、この馬はどこどこの野生種を飼いならして定着させたとか、こっちの馬は毛艶がすばらしい種だとか説明してくれる。


 貸し馬屋のおっさんが俺より詳しいと言って後ろに下がってしまった。


「行く場所を考えると軍馬の方がよろしいのですが、気が荒い馬も多うございますので、今回はおとなしく従順な馬を選ぶべきかと」

執事の言う通り、乗れなければ本末転倒。


 なお、軍馬は借り賃がお高い。


 青毛、栗毛、白馬……、近くで見ると大きいな。興味深そうにこっちを見ている馬、スルーしている馬。馬屋のおっさんとアッシュの助言を聞きながら、一頭の馬を選――


「野放し!?」

馬がぱっかぱっか歩いてくるんですが。


「わ、すみません。コイツは脱走癖がある暴れ馬で飼いきれずにうちに回って来たとこなんです」


 そう言っておっさんが馬をなだめようとし、馬の脱走に気づいた他の従業員も二人集まって来た。蹴る真似したり、耳を後ろにきゅっとしぼって、口を突き出し、歯をむき出す。


「こっちに向かってくる時は機嫌が良さそうだったのにな」

レッツェが俺を引っ張る。


「なんだ?」

引き寄せられた理由がわからず、レッツェを見る。


「見てる」

「見てるな」

「見ておりますね」


 俺の疑問には答えず、まっすぐ前を見ている三人。視線を追うと馬とばっちり視線があった。そのまま宥めようとしてる店の人を振り切って俺の元へ。


「やっぱりか」

「何故ですかな?」

「ジーンはいろいろなものに好かれる」

理由のない変な納得はやめてください。


「暴れ馬は困るんですけど」

鼻をすり寄せてきてもダメです。


「禿げるからやめてください」

今度は髪をむしゃむしゃしはじめた。


 アッシュたちはそれぞれ馬を選び、裏の馬場に出る。俺は暴れ馬がついてくるので選べなかった。


「一度、乗ってみたらどうだ?」

レッツェがくれた手拭きで、ありがたく髪を拭かせてもらう。


「この馬にはまだくらを置いたことがないんだが……」

「掴まるところとかないと無理です」


 おっかなびっくり馬具をつけていく店員さんたち。俺も付け方を教えてもらいながらちょっと手伝う。


あぶみはどうする?」

「要ります」


 鐙は馬に乗る時に足を乗せておくもので、当然セットだと思ってたんだけど、こっちでは一部つけてると恥ずかしいという人種がいるらしい。自転車の補助輪扱い……っ!


「鐙があれば馬上で剣を振るい弓をひく時に安定する、伝統で命は守れない。有用なものだ」

一周して来たアッシュが馬上から。遠乗りとか戦闘がない時は鐙無し派だそうです。


「暴れ馬」

「ルタです」

馬に話しかけたら店員から名前が告げられた。


「ルタ、俺は馬に乗れないし操れない。俺の意を汲んで自己判断で頼む。あとなるべく揺れないように」

「無茶振りすんな」

ルタに頼んでたらレッツェからツッコミが入った。


「私が手綱たづなを引きますので、お乗りになってください」

一通り馬の扱いの説明を受けたあと、執事がにこやかに言う。


 身体能力的に乗れるけどさ。二人乗りで教えてくれるとかじゃないんだ?


「ではゆっくり歩かせてみましょうか」

「ルタ、よろしく」

ゆっくり歩き出すルタ。


「……早駆け」

「ルタ、頼む」

軽快に走り出すルタ。視線が高くなりいつもより見通しがよく気持ちがいい。


「ストップ、他の馬に乗れなくなりますよ。きちんと覚えましょう」

「う……」

にこやかな執事に圧を覚えてやり直し。


「脚で馬腹を軽く圧迫して、手綱を馬の動きに譲ってください」


 頑張りました。最後にテストだと言われて他の馬にも乗った。ルタが暴れた。


「覚えがはようございますな」

「馬がおとなしいからだろう」

「……」

全員の視線がルタのいる馬房に向いた。


「馬が好きな匂いでもしてるのかね……」

腑に落ちない顔をしてつぶやくレッツェ。


「ジーン、明日は一緒に遠乗りをしよう」

「おう」

アッシュのお誘いで外にお出かけすることになった。弁当を作らねば。


「しかし尻より太ももが痛い」

 ディーンから、利き手と同じように効き尻があってそっちが剥けるって聞いたんだが。


「つけとけ」

レッツェが軟膏っぽいものを放って来たのを受け止める。【治癒】があるから平気なんだが。この痛みもどちらかと言うと筋肉痛。


 筋肉痛にも【治癒】が作用するんだけど、治そうと思わなければ一時間くらいは痛い。ヴァンに聞いたら、元の状態に治すのではなくて成長を伴うからだって。確かに運動しても筋肉つかないのは困る。


 それにしてもレッツェも執事もいろいろ持ってる。特に執事は荷物も少なそうなのに。


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