第267話 火

「何をしている?」

「暇なんでダンゴムシを探してる」

「……」


 夜の見張り当番、石をひっくり返していたらカーンに渋い顔をされた。無言で近づいてきて、腹に手を回され運ばれる俺。


「おとなしくしていろ。お前は俺の主人だ、困ったことに」

焚き火のそばに降ろされる俺。


「別に困らないだろう? 主人らしいことをするつもりはないし、契約者だって黙っとけばいいだろ」

何が困るのか。


「困る」

「何に?」

島のチェンジリングたちはだいぶ自由だぞ?


「素直に感謝できん」

「……」

ものすごく不本意そうな顔で告げてくるカーン。


「たまたま助けられる状態だったから流れで手を貸しただけだし。そもそも砂漠の遺跡に行ったのだって、観光目的だしな」

「……観光目的で来られる場所ではないと思うのだが」

今度は苦虫を噛み潰したような顔。


 そっち系の表情のバリエーションが豊かすぎじゃありませんかね?


「どうした?」

レッツェが起きてきた。


「ゆっくり寝てればいいのに」

「そういう要員として特化して冒険者してるからな。落ちつかねぇし、外での半ば習慣だな」

カーンとは逆の隣に腰掛けながらレッツェが言う。


「そういえば荷物持ちとか調査の補助とか多いな。でもやっぱり、金ランク受ければいいのにって思う」

「無理、死ぬ」

レッツェが荷物からパンの塊を出して、薄く切る。おやつの気配。


 ナイフを焚き火で炙って、パンの上でチーズを切る。焼けたナイフの熱でチーズが溶け、パンに落ちる。温まったチーズから匂いが立って、小腹が減った俺の腹を刺激する。


「ほれ」

「ありがとう」

噛むとパンの薄い皮が乾いてぱりっと崩れ、ちょっと塩味が効いたチーズがよく合う。シンプルだけど美味しい。


「で? 観光がどうとか言ってなかったか?」

カーンにもチーズつきパンを渡しながら聞いてくるレッツェ。


「ああ。俺の趣味が時々遺跡を巡ることで、カーンが居た砂漠にも物見遊山で行ったって話だな」


 財宝ももらったけど、あの神殿っぽい雰囲気の中にあるからいいんだよな、あれ。島の塔の棚に一部並べてみたら、完全に「商品」って感じになってしまった。ああ、棚に置かずに倉庫の床にそのまま詰めとけばいいかんじかな?


「西の火の神殿も行ってたな、そういえば。古い場所には、ずる賢い魔物が多いから気をつけろよ」

「なんか喋る魔物いるよな。気をつける」

お茶沸かそう、お茶。朝食の仕込みもそろそろか。


「もう遭遇済みかよ」

呆れたようなレッツェの声。


「カップくれ、カップ。カーン、苦いの平気か? 砂糖もあるけど」

コーヒーの粉を紙に閉じ込んできたというか、ドリップバッグもどきを作ってきた。ちょっとだけだけど。


 豆を炒って挽きたてを飲みたいところだが、さすがに荷物がかさばりすぎなんで諦めた。


 レッツェと俺はブラック無糖で、カーンは砂糖をたっぷり。あれだ、エスに行った時も思ったけど、飲み物とデザートがこれでもかってほど甘い。国民性なのかな?


「これ中毒になるな」

ちょっと口元が緩んでいるレッツェは、すっかりコーヒー派だ。執事が淹れてくれるお茶も美味しいけど、俺もコーヒー派。


「お勧めの遺跡とかあるか?」

二人に聞いてみる。


「普通はねぇよ。あったとしても迷宮化したとこか、財宝漁り目的んとこだな」

レッツェがコーヒーのカップを口に寄せた状態で言う。


 そうか、観光じゃ遺跡に行かないか。迷宮になっててもいいけど、人がいっぱいなところは皆んなと行きたい。


「砂漠の真ん中に水の都トゥアレグというのがあった。白き巨人の伝説がある土地だな。――遺跡として勧められるかわからんどころか、遺跡があるのかどうかも知らんが」

カーンが言う。


「カーンの旦那の時代の都市は俺たちにゃ、遺跡になるのか。複雑だな」

「砂漠に呑まれる前の、美しい街も見せてやりたいがな」

「うん、見たかった」

カーンはどんな王様で、どんな街を治めていたのかも見てみたかった。


 さて、朝飯の準備。何にしようかな? とりあえずパンを焼く準備はしとこう。


 鼻歌交じりに準備をしていると、レッツェとカーンの会話が聞こえてくる。


「コイツが緩いのは、そうすることができる力と知識があるからだ。性格的に凄そうに見えないだけで」


 なんかレッツェが、俺の弁明をしてくれているっぽい。

 

「まあ、人の服ん中でパン種寝かせるのはどうかと思うけどよ」

「ちょうどいい温度なんだよ。湿度も」

カーンのローブを捲ったところで、半眼に変わったけど。 


 二十層より下に来てるパーティーは十組三十一人。そのうち二十五層以降の申請が出てるのが一組。


 そのうち四組は眼鏡の元に届けた。一組は二十五層以降だろうから、二十層ここから二十四層までの間に五組いることになる。もう二十層のポイントはないみたいだから、二十一層からか。


 俺の焚き火台についてはノーカンにしとくとして、俺たちのそばには、ディノッソのドラゴン型やディーンの匂いフェチトカゲがいるので平気だが、火の精霊がいない状態では、火を点けたり保ったりが難しい。


 後から気がついたというか、ディノッソに言われるまで気づかなかったけど、眼鏡が暗い中にいたのはどうやらそのせいっぽい。俺たちと別れた後、火種の火が消えたのだそうだ。


 この先に進んでいる冒険者は、かなり気を使って火を保っているか、暗闇の中でも平気な黒精霊憑き。前者は気づく要素があるのに気づけなかったか、戻るって判断ができないアホってことになるそうだ。


 ディーンみたいに自覚なく火の精霊を憑けてるって可能性もあるけど、冒険者はシビアだ。

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