第52話 三本ツノ
「俺、街にいる時よりいいもの食ってる気がする」
レッツェがヤマシギをかじりながら遠い目をする。
「気のせいじゃねぇし、俺は酒が
食いながらよだれを垂らしそうな顔で言うディーン。
「エネの赤」
「熟したベリー、黒胡椒の風味、甘みとかすかなスパイシーさ、確かにこの黒シギに合いそうでございますな」
アッシュの一言に答える執事。酒の名前だろうか? 赤ワイン? 優雅に手づかみというか、手づかみでも上品に見えるところがすごいな。
オーソドックスに焚き火で焼いて、内臓と鶏ガラを使って作ったソースをかけただけだが、焚き火マジックなのか丸々とした食材が良かったのか、すごく美味しい。
「驚愕だね、そもそも鍋でパンが焼けるとは思ってなかったよ……。二日目の朝のあの衝撃は忘れられない」
レバーペーストを塗って焼いた、付け合わせのパンを味わっているクリス。
レバーはすり鉢はさすがに持って来ていないので、みじん切りにしてナイフの背でこするように潰した。山シギの内臓は珍重されるらしいが、それを別にしてもレバーは鉄分とビタミンAとBが多いので、肉魚に偏りがちなこの旅程ではなるべくとっておきたい。
臭み抜きに牛乳が欲しかったけど、鳥のレバーなら塩水でも十分だし。あと栄養の偏りを気にしてるのが俺だけだけど、俺だけだけど!!
只今四日目の晩飯中。
黒ヤマシギの魔物はディーンとクリス、アッシュと執事が捕まえた。ジグザグに飛ぶので捕まえるの難しいはずなんだが、みんなすごいな。なんか最近、食材の確保に情熱を燃やしている気がする。
狩りの間、俺はレッツェと荷物番しながら野営の準備をしていた。俺は水と食料を気にしなかったので、川からは離れたところで色々していた。なので周囲に見覚えはないんだが、そろそろオオトカゲゾーンに入りそうな気がする。木の上に出れば切り立った岩が見えるかもしれない。
襲ってくる魔物も蜘蛛の巨大化したやつとか、黒狼、赤熊、微妙に強いやつが出て来ている。実は普通の狼やクマの魔物と違いがよくわからない俺だ。だが、そう言うわけで基本ディーンとクリス以外は二人一組みで行動することになっている。
「今日はシート張らねぇのか?」
「手伝おうか? 宵闇の君」
ディーンとクリスが聞いてくる。
「では手伝ってもらおうかな」
「喜んで君の僕となろう!」
クリスが大げさなのにも慣れた。
「離れすぎではないかね?」
「暗いとはいえ、あんまり近くてもな」
水筒と火の着いた薪を一本持って焚き火から離れる。
「その枝は?」
「留守番の間に加工しといた」
日のあるうちは、野営の場所にいるレッツェの姿が見えたが、今は焚き火の明かりのほかは夜の闇に溶けて人の姿が判然としない距離だ。
よくしなる枝を八方に立ててドーム型になるように結んである。中心には、焚き火のための小さな石積み。持って来た薪を突っ込んで火を入れる。薪の用意も万端だが、あまり燃え上がらないように調整しなくてはならない。
「そこ抑えててくれ」
「ああ?」
「次ここ」
「心得た」
枝のドームをシートで包む、ちょっと不恰好だが問題ないだろう。
「ありがとう」
「布団だけでは寒かったのかね?」
「いや、蒸し風呂にしようかと思って」
「風呂……」
シートの端をめくって、火の上に半分渡した平たい石に水を掛けて見せる。とたんにじゅっという音とともにもうもうと蒸気が上がり、シートで覆われた狭い空間に広がる。
即席サウナで汗をかいて、川に飛び込めばバッチリだろう。島にいた時みたいに川辺に穴を掘るのは、掘ったそばから崩れそうな様子でちょっと難しく、こっちの方が簡単だったので。
「宵闇の君、君は快適にすることにかけては他の追随を許さないのだな」
微妙な褒められ方をした!
その後、希望者が交代で入った。結局全員だったが。蒸し風呂なんで全員入り終えるのに時間がかかったんだが、まあしょうがない。真っ暗な中、ディーンとクリスが薪の追加に森に入って行ったが、まあしょうがない。
俺は天気が良かったし、本日は
翌日、日課の散歩を終え朝食も終え、出発。夜遅かったはずなのに、風呂の効果かみんな昨日よりむしろ歩みが早い。
――ディーンの精霊がご不満だったらしく、今日は姿を見ない。あれか、ディーンを強くするには洗っちゃいけないのか。どうなんだそれは。
森には精霊が多く、特に川辺は集まりやすい。俺に寄ってこないように、先行したお手伝い精霊が触れ回ってくれているので平和だったが、体に墨汁を水に落としたような黒をまとう精霊が視界にはいるようになった。
捕まえて名付けたいところだが、この調査依頼中は自重。なんかもう可哀想とか痛々しいの前に、とっ捕まえなきゃという使命感が湧くようになってしまった。近くに来るとついむぎゅっと捕まえたくなるね!
「おい、オオトカゲ」
「三本ツノ!」
ディーンの切迫した声に、クリスの声を抑えた叫びが続く。
あー、やっぱり近かったんだな。それとも生息域が広いのか。どっちだ。
「この深さにオオトカゲの三本か〜。確実かな」
レッツェがぼやいて天を見上げる。
浅い森に出る魔物は一本ツノか、豆粒みたいなツノなし。一週間で分け入ることができる範囲ではそれが普通なのだそうだ。どんだけ広いんだ森、さすが大森林と呼ばれるだけある。
だがしかし、なんか三本も二本も見慣れすぎてて感慨がない俺がここにいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます