第51話 励まし

「交代だ」

「ありがとうございます。お茶が用意してございますのでどうぞ」


 予定の時刻にちゃんと起きることができたのを、空の星を見て確認。


 星空は日本のものとだいぶ違うけど、極北の空には動かない星がある。記憶にあるより明るいその星の脇に、時星ときぼしと呼ばれる星がある。名前の通り、夜に空を見上げれば時星の位置で大体の時間がわかるのだ。


「俺は後は起きてるから布団使ってもいいぞ」

「大変魅力的ですが、アッシュ様を差置けません」

やんわり断って、焚き火から少し離れた木の根元でフードを被り横になる執事。この中で一番野外が似合わない男かもしれない。いや、でも夜は似合う?


 着ているローブにそのままくるまるように寝ているやつや、脱いで上に掛けているやつ。転がるのにも好みがあるらしい。


 執事の用意してくれたお茶を鍋からコップに移して暖をとる。冬ほどではないけど、夜は冷え込む。


 島にいた時は宇宙そらを眺めると、自分という存在が心許なさすぎてぐるぐるしてたけど、今は星を覚える余裕もある。冷静なら寒いのにカシオペアもオリオンも見つけられなかった時点で、日本ではないと気づけたかもしれない。


 島にいた時も今も星はきれいだ。


 人の寝息と時々ぱちりとなる焚き火の音を聴きながら、しばらく夜空を眺める。


 アズが寄って来て、カップを持つ手、指の間にぐりぐりと体を潜りこませる。俺がアズを握ってる風になったところで満足したのか動きを止めた。


 文鳥とかが寒がりで慣れると握られるのが好きになるという話は聞くけど、精霊って寒がり――種類によるか。リシュみたいに氷属性で寒がりってこともないだろう。いや、暖炉の前でヘソ天になってたな。あれ?


 可愛いからいいやと深く考えることをやめて、カップを持ち替える。執事の精霊が木陰からちらちら姿を見せている。隠れてこっちの様子をうかがってるつもりだろうか。


 カップを置いて、水筒から皿に水を注ぐ。家の水だけど、水筒に入ってたのじゃダメかな? 少し離れたところに置いておいたら、水浴びしてたので大丈夫だったらしい。


「おはよう、交代する」

「おはよう、これおやつ」


 さすがにちょっと暇になって精霊の名前の整理を始めたら、交代の時間になったようだ。何かやっていると時間が経つのが早い。

 

「ありがとう。菓子だけじゃなく色々と世話になっている」

「それは気にするな、暇だっただけだ」

「色々頂いた」

「ポーション代は返してもらったし、他は半ば趣味で作ったやつだが……」


 詐欺みたいな宿屋問題が解決した後、義理堅くポーション代の返却があった。


 ところでアッシュの顔がどんどん怖くなってるんだが、原因は何だ? アッシュの場合、怒ってるわけじゃない場合がほとんどなんで、可愛いものを見たとか食事が美味しいとか、前振りがないと予測がつかない。


 俺が渡したフロランタンはまだ食べてないよな? サックサクのサブレ生地に、キャラメルを絡めたスライスアーモンドを乗せて焼き上げた菓子だが、保存が効くのでいい感じだ。おやつはこれとスルメを持って来ている。


「ジーンはいい男だ、幸せになれる」

「ありがとう?」

「うむ。告白はたまたまいたずらが重なっただけだろう」


 あれ、これ夕食の時の会話の続きか? もしかして慰めようとしてる? すごい時差がありすぎだが。


「今はいい出会いがあったから、人間不信は改善中だ」

【縁切】スキルの安心感も多大な貢献。


「む、そうか。その出会いの中に私も入っていると嬉しい」

「バッチリ入ってるさ。さて、出かけてくる」

ちょっと恥ずかしくなったので退散。アッシュは口数が少ないけど、言うことが真っ直ぐだ。


「気をつけて」

そう声をかけられたが、俺は家に帰って散歩なんだなこれが。


「そっちも」

声をかけて、アズがアッシュの肩に飛んで行ったのを確認して森の中に入る。月明かりで十分明るいと思えるようになったのはいつからだろう。



 そう言うわけで家だ、白飯が食べたいが我慢。トイレとリシュの散歩以外のことはしないし、ここから新たに何かを持ってゆかないと決めている。


 じゃないと不足がわからなくなるし、持ってゆくものの取捨選択がいつまでもできなくなる。同じ条件のみんなにも後ろめたい気になりそうだし。


「リシュ、行くぞ」

俺の気配を感じたのか、寝室のほうから走って来たリシュに声をかけて外に行く。


 昨日もずっと森を歩いていたのだが、歩き慣れたここは安心する。すぐに追いついて来たリシュが俺を追い越し、少し先で地面の匂いを嗅いでいる。俺が追いつくとまた走って行って何か見つけて止まっての繰り返し。


 リシュは可愛い。うん、もし変なフェチを持ってても大丈夫。



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