第50話 精霊フェチ説
さて、夜だ。
夏は九時ぐらいまで明るかったが、春先の今は六時ぐらいで暗くなる。焚き火を囲んで夕食を食べているうちにとっぷりと暗い。
こちらの世界の時計は日時計と『精霊の枝』にある長い線香の二つ。街中にいれば約二時間ごとに鐘がなるのだが、その音が届かない場所ではさっぱり時間がわからない。
まあ電車の時間があるわけじゃなし、待ち合わせは街中が基本だし、外では日の出と日の入りの時刻が大体分かれば問題ない。
リシュの散歩で朝は自然に目が覚めるようになったし、早寝だ。こっちに来てから健康的な生活になった。本も限られてるし、ゲームもないし、何か作るのは昼間散々やっているので夜にすることがないとも言う。
いざという時に対応できるよう靴は履いたまま寝るそうで、代わりに今靴を脱いでいる。俺も真似してブーツを脱いだのだが、精霊がですね……。脱いだブーツ嗅ぐのやめてくれないだろうか。
名付けはお休みだとお手伝いの精霊に伝えてもらっているので、この精霊は純粋にこちらに興味を持って寄って来たのだと思う。思うのだが、興味を持ったのがブーツの臭いって。
その精霊は一通りあちこち嗅いだ後、ディーンの足に落ち着く。もしかしてそこを今夜の寝床にするつもりか?
……。
ディーンも一般人と比較して身体能力高かったよな? もしかしてその臭いフェチは貴方の精霊ですか? 貴方のブーツの住人ですか?
フレーメン反応してる猫みたいな顔してるけど喜んでるの? 精霊って気まぐれで、名付けない限り恒常的に力を与えてくれることって少ないらしいけど、身体能力が上がるほど人に長くついてる精霊ってみんな何かのフェチ?
思わず執事の顔を見る俺。執事のあの精霊は何のフェチだ?
「血につくものもあるのですよ」
にっこり笑って静かに言う執事。一緒にするなってことだな、そういえば名前もつけてたし。
「こちら虫除けですがお使いになりますか?」
「いや、持ってる。ありがとう」
微妙に繋がらない会話を続ける執事。特に周囲が不思議に思わないということは、血を好む虫がいるのかもしれない。
アッシュの肩にいるアズは普通に可愛いので安心する。アッシュも執事もよく真顔でいられるものだな。いや、アッシュの怖い顔はもしかして笑いをこらえてるとか……。
さて、早いが寝る時間だ。露出している部分に念入りに虫除けを塗る。
焚き火があれば、この辺の魔物は近づいてこないらしいが、飢えていれば別ということで火の番を兼ねた見張りがいる。
ディーンとクリス以外で交代で務めるので、一人約二時間ずつになる。最初がレッツェ、次が執事、俺、アッシュの順。睡眠が分断される執事は負担が大きそうだが、もともと睡眠時間が短いそうで平気だという。
俺は先に寝て睡眠時間を確保。見張りを勤めたらそのまま約束だった自由時間と言う名のリシュの散歩に行く予定。
寝床の苔の上に薄い布団を敷き、先ほどまで脱いでいたブーツを履いて水筒を枕に横になる。こっちの水筒は外は羊の皮、内側は胃袋でできていて、形がそのまま胃袋。時間が経っても思ったより中の水の温度が変わらないので驚いた。
うーん、やっぱり靴も靴下も脱ぎたい。
「こう、なんか差を感じる」
もう布団をかぶったのでディーンに答えずスルー。
「さすが宵闇の君、文化の差を感じるレベルだよ!」
クリスは毎度大仰な言い方をするから周囲に「また言ってる」的な反応をされているけど、野生の勘なのか顎の精霊のせいなのか微妙に鋭い。
「この革、本当に便利そうだな。何の革? 本当に革なのかねぇ?」
布団の外側もシートと同じ革を使っている。内側は目の詰まった布で薄く羽毛を充填して、ウルトラライトダウンみたいにしてみた。クッション性はないけど、小さく丸められるし暖かい。
レッツェは物言いがディーンと似てるけど、ディーンより細かいことを気にする。世間や物事をちょっと斜めに見ている感じ。
人当たりがいいのは処世術っぽい。ディーンの大型犬みたいななつっこさは俺には無理だけど、レッツェは見習いたいところ。
「いい素材ですね」
「うむ、コートも軽く着心地がいい」
執事とアッシュ。
オオトカゲの皮は鱗がなくつるんとしていて、爬虫類の皮らしくない。特に二本ツノの革は染色して、防水処理のために油入れすると、薄く柔らかい革とも布ともつかない不思議な素材になった。
三本ツノは厚みのせいか、もうちょっと革らしいんだけど。よく伸びるし、二本ツノのものよりさらに丈夫なので外套以外の服は靴も手袋も含めて三本ツノのものだ。
全部答えず丸っと無視して寝るんだが。外で寝るのは久しぶりだが人はいるし装備はあるし、島でのあの不安のまま眠りに落ちるって感覚はない。なんとも不思議な感じだ。
それにしても足の臭いフェチな精霊の存在、後でディーンに教えてやるべきだろうか。
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