第49話 夜の会話

「この干し肉と」

「干しアンズ」

「ワインでどうかな?」

「鱒の燻製」

「チーズがございます」


 手に手に差し出される食い物。


「いや、食い切れないから」

断る俺。


「塩焼きもあるから普通にワンピース食っていいぞ」

元々行きに食い物を、帰りに素材を運ぶ仕事だ。それぞれ持ってくると聞いてもレッツェやアッシュ、執事と分担してディーンとクリスの分プラスアルファは持って来ている。もちろん自分の分も。


 俺たちは雑用係のはずだが、ディーンとクリスの銀クラスがよく働くし、文句どころか注文も少ないので楽だ。


「あとは普通に獲物を捕ってくれれば」

いい具合に焼きあがった塩焼きを掲げてみせる。


 俺は一匹しか釣ってないけど、皆んなが三、四匹釣って俺にも回してくれたので香草焼きも塩焼きも食べられる。さすがに貰っておいて、こっちはダメとか言わないぞ。


「おう、釣る釣る、る獲る」

ディーンが嬉しそうにピザを手に取ると、ほかも続く。


 俺は燻製肉や干し野菜のほか粉物と調味料を多めに持って来た。【転移】で下見して森に色々生えているのをチェックしてるし、ディーンたちが肉を狩ると言っていたからだ。頑張って狩ってもらおう。


「うめぇ」

「美味しいではないか!」

「美味い」

よしよし、そう思ったらどんどん美味しいものを開拓して俺に教えてくれ。美味いものに心奪われたら、より美味いものを探さずにはいられなくなるはず。


「……。美味しい」

アッシュは育ちがいいせいか、食べ終えてから。


「塩味がいいですね。具を変えても美味しそうです」

「ああ、トマトソースでもいけるぞ」

鱒の塩焼きをもぐもぐしながら執事に答える。


「トマトソースでございますか?」

執事にちょっと怪訝な顔をされる。何だ?


 腹わたはきれいに取って、背中側から焼いている。淡白な魚なので開いたところから脂が逃げてしまわないように、背からじりじりと遠火で焼いた。おかげで背中の皮はぱりっと身はふっくら。


「くっ! 川魚までジーンが焼いたヤツのほうが美味そうに見える」

なんかディーンが自分の焼き魚の串を握りしめてぎりぎりしているが交換はせんぞ。


「いい嫁になったのに。……残念だよ、宵闇の君」

「人の性別を残念がるのはやめろ」

クリスが言うと本気に聞こえて嫌だ。


「そういえば、ジーンはどんなのがタイプよ? 俺の妹はタイプじゃなかったんだろ? やっぱ胸か?」

「自分の胸を持ち上げるのはやめろ!」


「む……。ディーン殿は立派な胸だな」

そう言って自分の胸を見下ろすアッシュ。


「アッシュ……」

俺はどう答えていいかわからないよ! それは女性がうらやましがったらダメな胸だよ! あっても困るよ!


 執事が隣で微妙な顔してるけど、俺も同じような顔になってるんだろうなこれ。


「自慢じゃないが人間との付き合い方を調整中なのでよくわからんな。とりあえず、恋愛はそのあとかな」

いやもう、本当に。


「なんだ人間不信か?」

「まあそうだな。あと、いたずらで告白された」

ディーンの問いかけを肯定する。俺が人間不信というか、信じたらヤバい奴らしかいなかったと言うか。


「ああ、後でそんなわけないじゃんとか言われちゃったんだ?」

レッツェが可哀想なものを見る目になっている。当たってるけど。


「宵闇の君にその手のいたずらは想像がつかぬが」

「告白したはいいが、からかわれて恥ずかしくなったんじゃねぇの?」

困惑しているクリスとディーン。


 アッシュと執事は静か。性別と年齢考えたら会話に入ってこれないわな。


「一回目は六歳くらい。二回目は十歳、三回目は十四。全員違う人」

「ぶっ! 三回もかよ。呪われてるんじゃね?」

嫌そうな顔をするディーン。


「特殊な事例三連ちゃんか。世の中の女性はそんなのばかりじゃないぜ?」

「ああわかってる。特殊な経験してる自覚があるから軌道修正中だ」

レッツェが真面目に心配そうな顔になってるが、原因の大元は姉だ。


 一回目は確実に姉が煽っていたし、二回目は姉は姿を見せなかったが相手が姉の友人の妹だった。俺が十歳ということは姉は十五頃、まだ関わる人間が限られていたからすぐわかった。三回目は姉の気配はなかったが、絶対関わってただろう。


 一回目引っかかった後は姉の仕業だってわかってたから、二回目三回目は引っかかったフリをしていただけだ。親もそうだが、姉は何で俺が幼稚園あたりの記憶を覚えていない前提なのかわからん。覚えてなかったら引っかかってたかもしれないが。


 そういえば花火大会の姉の友人は、一回目に告白して来たやつとその兄貴だったな。あの姉とずっと付き合ってるんだから、よっぽど鈍いか類友のどっちかだろう。時々遭遇するときの様子からして後者だ、絶対近づきたくない。


 とりあえずディノッソの所のお子さんに裏表のない好きを貰って癒されよう。


「何と言うか、元気を出したまえ」

「ありがとう、クリス」


 俺は元気だというか、可哀想だったのは昔の俺で今の俺じゃないし、その前にあごなで精霊なんとかしてから真顔になってくれないか? 


 存在に慣れて来たとはいえ、そのギャップは反則だと思う。俺の真顔が保てないんですよ!

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