第414話 パウロルおじいちゃん

 オルランド君にあふんが聞こえているか気になって仕方がないジーンです。一息に言っていますが、脳内なので苦しくありません。


「ナルアディードの本国、マリナからの注文でございます。一度に十二、『精霊灯』は、一月に一つだけの触れ込みですので、3年先まで予約埋まりました」

おじいちゃんが苦笑い。


「キール様のおっしゃる通りにしておいてようございました」

オルランド君も微妙な笑顔。


 『精霊灯』に使う魔法陣は島の枝様に願って、30日間祈りを捧げて初めて発動する――ことになっている。


 『精霊灯』を売り出すに当たって、キールが言った言葉は「たかられるぞ」。実際一月に一つと定めても、融通しろとねじ込んでくる輩は多く、もし短い時間で作れることが判明したら、キールの言った通り、よこせよこせと、たかられていたと思う。


 ちなみに、ハニワに祈りを捧げている事実はない。あれに願ったら、ミラーボールになって返って来そうだしな。


「まさか、本当に秘術の類と思われているとは思いませなんだ」

ちょっとバツが悪そうなおじいちゃん。


「一体いつどのような手順を踏み、枝様に願っているのか、どなたも確かめられない――、と言われております」

ちょっと呆れた笑顔のオルランド君。


 世間の噂では、夜中から明け方にかけて時々聞こえる奇声……じゃない、精霊たちのざわめきが、人知れず秘術が行われている証拠だそうです。何度も言うが、そのような事実はない。そんなことをしたら、絶対レーザーライトになって返って来る。


 おじいちゃんは、30日のうち29日間なにもしてないだけだ。周囲は勝手に何かすごいことをやっていると、誤解している。


「すごいな、キールの野生の勘」

 

 『精霊灯』を『精霊灯』たらしめる、光の精霊を集める魔法陣の見本、500円玉よりも少し大きいコインみたいなのを、クルクルと手で弄びながら言う。


「ニイ様、キール様は優秀でございます。……少々食い意地が張ってらっしゃいますが」

「少々?」

「……大分」


 おじいちゃんに問い返したら、言い直した。


 コインの表面には魔法陣っぽい模様の中央に小さく狼。裏面には魔法陣、これは魔石から魔力を吸い取る回路。肝心の光の精霊を集める魔法陣は、コインとコインに挟まれて見えない。


 ぴったり組み合わせたコインは、一度組み合わせた後は、剥がす時に必ず魔法陣を傷つけ、原型を分からなくする。と、見せかけて、開けるだけで壊れる。一回組み合わせた後は、二度と開けられない仕組み。


 俺としては精霊と物質と両方を併せ持つ『精霊灯』は、広がって欲しいから、真似てくれていいんだけどね。


 アウロ曰く「隠していた方が知りたがります」。ソレイユ曰く「本物が出回っていないと、粗悪品が分からない」。


 そう言うわけで、数年間は秘匿することになった。その数年で儲ける気満々なのがソレイユなのだが。――『精霊灯』のお値段、凄い。


「もう少し経験を積めば、あの三人も魔石から魔力を吸い上げる魔法陣程度ならば描けるようになるでしょう」

おじいちゃんが将来の展望を語る。


「着々と人材が育っているようでよかったよかった。二人の生活の方はどう? ハニ……枝が迷惑かけてるとかない?」

黒と白の宿木の方はおとなしいと思うんだが、あの真ん中のやつがですね。


「この島の枝様は、存在感があってよろしいかと」

おじいちゃんが笑顔で言う隣で、オルランド君が少しげっそりしている。


 うん、存在感だけあっても困るよね。


「見えないこの身でも、今までで一番精霊を身近に感じております」

とても嬉しそうなおじいちゃん。連れて来た甲斐があった。


「ヘインズ様……ここの枝様は絶対物理的何かです……」

オルランド君の小さい呟きが聞こえたけど、とりあえず聞かなかった方向で。


「生活の方も申し分ありませんな。アノマにいた時も魔の森が近いおかげで、食生活についてはかなり優れていたと思っておりました。それは各地から物の集まるナルアディードでも。しかし、この島は格別です」

おじいちゃんが言う。


 食いしん坊おじいちゃんみたいな話の入り方だが、普段この二人は粗食なことを知っている。ただ、人前ではよく食べる。もしかしたら、島の野菜の広報活動なのかもしれない。


 偉い人が食べてると、見たことないのでも食べたいと思うだろうしね。島を最初に案内した時も、美味しそうに食べてたんで粗食を貫く! みたいな頑固な意思の持ち主じゃなくて何よりです。


 この世界、美味しい物どころか、食物が足りている地域はわずかしかない。中原は戦争で広い範囲が荒らされ、冬がちょっと早いだけで餓死者が大量に出る。エスもエス川から離れると、人自体がいないし。


「寒冷地で育ち、保存の効くジャガイモ。今回の旱魃に耐えたトマト。ここの作物が早く広まることを望みます」

おじいちゃんが俺に静かに頭を下げ、オルランド君もそれに倣う。


「いや、俺があちこちで美味い物を食えるようになりたいだけだし」

急に真面目にならないで欲しい。


 あふんに話を持って行きづらいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る