第413話 オルランド君

「城塞と、『精霊の枝ここ』に魔法陣が増えてたみたいだけど――」

おじいちゃんの仕業ですか? あふん?


「城はソレイユ様やアウロ殿に頼まれ、他国の契約精霊避けなど最低限施したところです」

「……ここの階段とかのは、どんなの?」

なんか踏んだらぐにっとしそうなんだけど?


「お気づきですか。『悪意ある者を知らせる』魔法陣を。害意を持つ者が触れると、周囲にいる者の注意がその者に向くという効果です。私を含む多くの者には聞こえぬ警告音を発しているようですが、聞こえずとも効果は受けます」


 ミールが踏んであふんだったぞ? 壊れてるんじゃないのか?


「まれに、気に入った者が触れても音を発することがあるようですな。魔法陣を描いたのは先程ここへ、ニイ様を案内したミールです。ミールが触れた音を聞かれたのでございますな?」


「ああ……」

触れたというか、踏んだ音だが。そして犯人ミールか!


 本人、聞こえてない風だったししょうがないか。しょうがないのか。


「精霊の音を聞く者の記した文によれば、えも言われぬ音だと。聞こえる方が羨ましい」


 ……えも言われぬあふん。どんなだ。


「いや、普通のあふんだったぞ」

「普通のあふ……?」

怪訝そうなおじいちゃん。


 聞こえない方が幸せなこともあると思います!


「失礼します、飲み物を――どうかされましたか?」

飲み物を運んできたオルランド君が、微妙な空気を感じ取ったのか、聞いてくる。


「なんでもない。ありがとう」

持って来てくれたのは、スライスされたレモンとオレンジが入った水。


 城塞から勢いよく流れて来た水が最初に通る神殿は、常に流れる水に石造の建物が冷やされて、他の場所より涼しい。島はほぼ常夏だからね。


 少しだけ蜂蜜が混ぜてあるらしい水は、爽やかでおいしい。


「ミールに島の人たちに魔法陣を教えてるって聞いたけど、どれくらいの人に教えてるんだ?」

「今は四人です。三人は魔力量が少なく、弱い護符程度を教えています。ミールは魔力を使うのは苦手なようですが、そばに精霊がついているらしく、魔力量も多いです」

おじいちゃんの説明を聞く。魔力持ちって多いのか少ないのか、いまいちわからないんだよな。


 いや、精霊が多いとことに住んでるとか、魔物いっぱい狩ってるとかが魔力に影響があるとかなんとか、本に書いてあったな。場所によって偏ってる、ってことか。


「ミールは驚くほど簡単に石に魔法陣を刻みます。そして石に刻んだ魔法陣は、なんなく発動しますので、そばにいるのは石に関係する精霊なのでしょうな」


 あれ? ルーン、精霊疑惑発生かこれ?


「教えてるやつにミールの姉妹とかいるのか?」

「おりません。大人が2人、子供がミールとテスという男の子になります」

おじいちゃんが言う。


 精霊ほぼ決定! あふんの真犯人はルーン!


 それにしても、「姉さんで妹なんです。私と同じ顔」って、よほど好かれたか、精霊が生まれる時に立ち合いでもしたんだろうか。そういえば同じ顔ってだけで、大きさは聞かなかったな。


 いや待て。小さい頃からミールには見えていて、他の人には見えない姉妹ってどんなホラー? こっちでは普通? 


 あ。――俺ももしかして、精霊が見えない人に見えないふりしないと、やばい人案件?


「ここは精霊が多そうです。もしかしたら、精霊に憑かれて、魔力が跳ね上がるかもしれません。憑かれないまでも、精霊たちの影響を長く受ければ、多少なりとも魔力は上がるでしょう。四人とも真面目に学んでおりますし、将来有望です」

グラスを手に言うおじいちゃん。


「それはよかった」

「オルランドが、初日の魔力テストから契約も入れておりますし、守秘も万全です」

おじいちゃんに名前を出されて、ちょっと嬉しげなオルランド君。


 書類仕事って面倒だし、俺も尊敬する。


「このグラスといい、枝様といい、この島は奇跡で溢れているようだ……」

手の中のグラスを見ながら言うおじいちゃん。


「そうか?」

薄く透明なグラスは、最近島で作り始めたもの。


 俺が教えたんだけど、吹きガラスで売りに出すほど数は作れず、今のところ居館とか、こことか、上客用の宿に回しているそうだ。


 一般に出回っている分厚いものではなく、薄く透明度の高いこのグラスも、ひっそり話題らしい。俺としては島は暑いから、涼しげでいいってだけだったんだけどね。


「ええ。枝様は朝の挨拶の度、微妙にポーズがお変わりです。偶に弦楽器の音も聞こえますし、見えないまでも精霊の不思議を体感できる日々です」


 騒音公害扱いのオルランド君と、随分反応が違……あ。オルランド君、精霊の声が聞こえるのか! 


 あふん、あふんは聞こえていますか!?

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