第437話 よい夢を
「……」
微かな笑顔を浮かべたまま固まっている執事。
「……」
視線をそらしている俺。
「……」
暖炉に火を熾す森の
暖炉の火はちろちろと舐めるような火から、急に勢いよく燃え始めた。そして不自然に素早く温まる部屋。
ちょっと! 急に交じるのやめてください! 執事がブレたかと思ったよ! いやでも、ありがとう?
「ダメだ。ノートが二人に見える。マルティナが起きるまでに、色々話しときてぇけど、寝るわ!」
布団に潜り込むディーン。
いや、二人いるから。二人に見えてて正しいから! 火トカゲ君は一緒に布団に潜り込み、小さな女の子の精霊は嬉々としてディーンの靴に潜り込んでいる。
脇の匂い派と、足の匂い派なんだろうか……? 火トカゲくんは小さな火の精霊、火の精霊はトカゲの姿をとることが多いっぽい。女の子は火と光の精霊かな?
って、マルティナって連れてきたこの女のことだろうか。護衛対象だから連れてきたのか、純粋に助けたいと思える人だから連れてきたのか、どっちだ。名前ちゃんと呼んでるってことは後者かな?
「お話中すまない、水は外かい?」
空気を読まないクリス。
「ああ。出す、出す。外にも泉があるけど寒いし」
水差しを二つ、コップを人数分。
コップは飲みづらいかな。薬缶はあんまりだし、片口は作ったのがあるけど、人数分はないな。ストローでもあれば――ああ。
「はい」
コップに太い藁を挿して渡す。
「おお、ありがとう。――私は起きてるから平気だよ」
クリスが藁を避けてコップを傾ける。
「ありがとさん」
ディーンは布団から顔を出して、うつ伏せのまま藁使用。
藁はその名の通りストロー、節を落とせば中が空洞なのだ。エスで上を落としたココナッツに、藁が突っ込んであるのを見たことがある。
カヌムでも割と利用されるみたい。何にって、効率よく酔っ払うために。酒をストローで飲むと酔っ払い易いらしいのだ。精霊の効果か、本当にそうなのかは知らないけど。
俺の周りは酒代をケチる人はいないんで、そばで見たことないんだよね。稼ぎの悪い冒険者も、人前で飲み食いするときは見栄を張るのが普通みたいだし。
「顔と手を拭くだけでもスッキリするぞ」
ついでに熱いおしぼりを配る。
「女性陣は任せた」
執事に二つ、森のノートに一つ。
「そろそろ自分も倒れそうでございます」
アッシュの手と顔をぬぐいつつ執事。
「大丈夫か? 怪我はないようだけど……」
全身打撲とか? あっても丸っと【治癒】をかけたんで、治ってると思うけど。
「――精神的な疲弊はこの家についてからの方が大きいかと」
側でマルティナに同じことをしている森のノートに、視線を流して答える執事。
やっぱり同じ姿はまずかったろうか? 今のところ訴えられる気配はないけど。
「マルティナが起きる前に偽名を考えとけ。それか、ハウロン呼んで、なすりつけろ。――入り込んで悪かったな」
顔におしぼりをつけたところで気がついたらしいレッツェが、おしぼりを奪ってサラリーマンのおっさんみたいに顔を覆う。
「ここに来てくれて良かったよ。というか、よく来られたな?」
「偶然だ。この森ん中じゃ、星も満足に見えねぇ。さすがに見覚えのある木やら何やら……、そこまで近づいてようやく気がついた。近づいたのは水を求めた結果だ」
「なるほど」
狩った魔物を冷やしといたり洗ったりするために、ユキヒョウに水辺をリクエストしたんだけど、そのお陰か。森の奥には、人が利用できるような水は少ないし、さらに奥に行くと凍ってるし。
「全部説明しときたいが、ちょっと余裕がねぇ」
そう言ってまた静かになる。
「私もそろそろ休ませてもらうよ! 暖かい部屋で寝られるなんて夢のようだ」
そう言って上掛けを首まで引き上げたかと思ったら、すぐに寝息を立て始めたクリス。
ディーンはすでに寝ている。いや、顔の上に白いおしぼりやめて?
「色々説明したいことも、説明していただきたいこともございますが、失礼して自分めも。この暖かさには
上着を脱いで、布団に入る執事。
「うん。おやすみなさい」
俺には偽名を考えて、偶然助けた知らない人のふりをするか、ハウロンを連れてきて丸投げの選択肢ができた。
寝てるうちに城塞都市に捨ててきちゃだめかな? 依頼内容しらないから微妙なんだよね。
とりあえず、マルティナには眠りの魔法をかけとくか。事情は外で黒精霊にどつかれてるだろう監視男に聞くとしよう。
場合によっては逃げた城塞都市の冒険者とやらも捕獲しようか。まだ、森から出ていないはずだ。
久しぶりに怒ですよ!
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