第436話 黒い『細かいの』
「レッツェが来たから? ――訪問を精霊が教えてくれたんで【転移】した」
ユキヒョウか馬かとも思ったんだけど。
さくさく雪を踏んで歩く俺に、ぞろぞろついてくる面々。
「そっちこそ、なんでこんなとこに?」
「俺たちはまあ、依頼で来たっちゃ来たんだが……」
バツが悪そうにディーンが言う。
「ものの見事に奥へ誘導されましたな」
女を抱えた執事が言う。俺とダブルでお姫様抱っこです。
背筋の伸びた執事が女性を抱えるの絵になるな。俺も絵になってるかな? いやまあ、抱えてるアッシュは男に見えるかもだけど。
「相手の数が多かったのだよ!」
ちょっと回復したのか、支えていたディーンの肩を叩いて自力で歩き出したクリス。まだ少し足元がおぼつかないようだ。
相手って、あの監視者以外にもいたんだろうか。いたから満身創痍だったんだろうけど。
「それにしてもここは美しいね! 魔の森の中のオアシスのようだよ!」
目をキラキラさせて庭を眺めるクリス。元気になってなによりだけど、聖域です、聖域。
「どうぞ。椅子が足りないなあ――」
扉を開いて家に招き入れる。
あと、レッツェがそのまま床で寝てる。近づいたらだるそうに仰向けに転がってこっちを見てきた。
「……椅子より布団のほうが良さそうだなこれ」
机と椅子を【収納】して、エスで買った厚手の絨毯を何枚か敷いて、その上に布団を。
「ジーン様……」
執事が困ったように呼びかけてきた。
「なんだ?」
とりあえずアッシュを寝かせ、上掛けを出す。
「はい、はい。レッツェ運ぶぞ」
そう声をかけたら、動かす前に自力で布団に転がった。お疲れですね?
ディーンやクリスもマントや靴を脱ぎ、布団に転がる準備。
「これはもしや、白色雁では……」
「うん」
「ぶぼっ!」
飛び起きるレッツェ。
「う……っ」
そしてまた布団にぼふんと倒れる。
「超高級品ではないか! 汚していい布団ではないのだよ!」
クリスが手をつこうとしていた布団から、ばっと身を引く。
「お前、高いもの雑に出すのやめろ!」
ディーンが汚れたブーツを、慌てて布団から遠いところに追いやる。
「いつもの外で使う寝袋だって同じじゃん」
何を今更。
「ちょっ! あの中身……っ!」
「いつの間にか私の冒険装備が、依頼料を超えているよ……っ!」
ディーンとクリスは元気だ。
「アッシュは?」
諦めて女性を布団に横たえている執事に聞く。
「こちらの女性を庇って魔物から傷を受け、逃げる途中に黒精霊にまとわりつかれた結果でございます。すぐにどうこうではございませんが、早めに神殿に行きたいところです」
物理的な攻撃ができる黒精霊は少ないが、弱っていれば人間にも憑く。
魔物に落ちるまで同化していないとしてもあまり良くない。普通の精霊が憑いていると、火がつきやすくなるとか、すこし空気を温めるとか、ほんの少し周囲の環境に良い変化をもたらすように、黒精霊も火がつきにくいとか、じっとりしてるとか不快な変化をもたらすから。
悪い思い出ばかり脳裏に浮かんだり、妬みや嫉みの感情を大きくするらしいし、よろしくない。
「どれ」
掛け布団を一回どけて、『細かいの』を見る。肩のあたり、横腹、足――あちこちに黒い『細かいの』がまといついて、靄のようになっている。
ぺぺっと払うと、ぴょこっとアズが顔を出す。どうやらアッシュが庇っていた模様。いや、アズがいた胸のあたりと腕輪のあるあたりは、黒い『細かいの』はなかったので、アズたちが防いだのかもしれない。
お互い庇いあってた? 傷の様子を見もしないで【治癒】を使ったので推測だけど、どう考えてもアッシュはまずい状態だったのでは? それこそ本格的に黒精霊に憑かれてもおかしくないくらいに。
「頑張ったな」
ぼさっとした羽の感じからお疲れっぽいアズに魔力を渡す。水浴びしたみたいにぷるぷるっとして、いつもの丸っとしたフォルムに戻る。
袖口からのぞく青雫と緑円にも。もっと強い精霊憑けるというか、魔力を注いで強くしちゃだめかな?
「……ジーン様は精霊を掴めますからな」
微妙な笑顔を浮かべて言う執事。
「レッツェも。あ、ツタちゃんちぎれてる」
「ああ、大分無理を聞いてくれた」
諦めたように布団に寝転がっているレッツェを、ぺしぺし叩いて黒精霊の『細かいの』を払い、ツタに魔力を注ぐ。
鞘から半分出かけた剣から広がったツタが、のびーーっとすると、するすると剣に戻り、最後パチンと鞘に剣を納めた。ツタちゃん器用。
「城塞都市で雇われた冒険者は途中でキレイに逃げやがるし、混じってた実行犯は片付けたんだがな。呼んだ魔物をなすりつけられて、二、三日彷徨った挙句、黒精霊まで寄って来て散々だった」
ディーンは俺が叩きやすいように、立ったまま両手を広げている。こっちも胸のあたりと脇は無事。
脇から姿を見せられると、少しどうしようか? ってなったけど、フェチな精霊2体にちょっと魔力を。
「魔物から逃げおおせたかと思えば、今度は尋常でない数の黒精霊。私は見えないからなんとなくな気配を感じるだけでマシだったけれど、お嬢さんが悲鳴を上げていたよ」
クリスも叩きやすいように腕を広げてくれる。
「本当にギリギリのところで、レッツェ様が。この場所は聖域ですかな? 黒精霊が追うのをやめ、遠巻きに見ているだけに変わりました」
精霊の姿が見える執事が聞いてくる。
「うん。聖域、貰い物だけど」
「なるほど聖域が開いたため、黒精霊が諦めて散りましたか」
納得したとばかりにうなずく執事。
「……ごめん。黒精霊には俺の知り合いは襲わないように言い聞かせとく」
散ったんじゃなくって、監視者を襲いに行っただけです……。
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