第435話 お客さん
せっせと粉挽きをした。小麦、栗、米、トウモロコシ、アーモンド――しばらく粉には困らない。
リシュと一緒に山を歩いて、実をつける木に絡んだ蔦を払ったり、よく歩く場所の土が崩れないように水を通す溝を作ったり、石を積んだり。島の様子を見に行き、畑の手入れ。水車のメンテナンス。
今は『家』で、虫瘤ならぬ精霊瘤を採取したものを魔法陣用のインクに加工中。
「さて、と。魔石は緑の――ん?」
暖炉で精霊がパチパチと弾けて来客を告げている。
「あれ? カヌムじゃない。リシュ、ちょっと行ってくる」
【転移】の先は、森の家。
カヌムにいるはずの俺が『家』にいる時、カヌムの家に来客があったら教えてもらえるようお願いしていたんだけど。
暖炉の火の粉の精霊は、精霊同士繋がっていて、暖炉のあるところならばどこへでも移動できる。力は弱いけれど、離れたところでもお願いできるし助かっている。
森の家、2階の絨毯の上に【転移】。一階の暖炉の前には人がいるはずだからね。いや、ユキヒョウか馬かもしれないけど。
窓の外は雪景色なんだけど、庭には花が咲いている。咲いた花が雪をかぶって、華やかな色を白で半分隠している。
森の家のある聖域は、精霊の避難所みたいなことになってるせいか、季節が狂い気味。今日みたいに思い切り雪なのに、春や夏の花が元気に咲いてるみたいなね。
「ジーン!」
階段を降りたらレッツェがいた。
「へ? 自力で遊びに来たのか?」
わりとここ、森の深い場所で魔物も危ないのいっぱいだと思うんだけど。足元が泥だらけで、レッツェにしては珍しく膝の上まで泥が跳ねている。
「悪い、外の連中も避難させてくれ。アッシュが結構まずい……」
そう言って倒れ込んでくるレッツェ。
「へ?」
慌てて支えたら、背中に回した手にべったりと生暖かい何か。
いや、待って。レッツェも重傷じゃないか! 慌てて【治癒】を使う。セーフ、大丈夫、気を失ってるだけ。――レッツェも?
自分でさっき思ったことを思い出して、はっとする。アッシュがまずいって……っ!
「……待て。顔隠せ」
レッツェを床に寝かせて走り出そうとしたら、裾を掴まれてぐふっとなる。起きてたのか、よかった! ん? 隠す? ローブ、ローブ! フード、フード!
慌ててローブを羽織り、フードを目深にかぶるとレッツェの手が離れた。力なく床に投げ出される手、血が足りてないのか、気力が足りてないのか。【治癒】はきいてるから大丈夫なはず。
外に走り出す。雪の上、レッツェの足跡を逆にたどって聖域の結界の端へ。【探索】もかけてるけど、考える前に飛び込んできた
執事、無事。アッシュ、執事に横たえられている。ディーン、血だらけ。クリス、ディーンの肩でぐったり。女、誰だ、知らない。
レッツェの警戒は
まあいいや。
こっちから見えても、聖域の結界の外から中は見えない。さっさと【治癒】をかける。女はこの中じゃ一番元気そうだけど、怪我はあるようだったのでついでレスキュー。
みるみる治る怪我に驚く面々。そして聖域に立ち入る許可を出す。
「な……っ」
驚くディーン。
「先ほどまでと風景が………」
アッシュを庇うようにしつつ、周囲を油断なく見回す執事。
「――僕は幻を見ているのかい?
ディーンの肩で朦朧としてそうなクリス。
クリスの「宵闇の君」って久しぶりに聞いたな。というか、顔を隠してるのに言い当てるのやめろ、クリス!
野生の勘は脳筋具合からいうとディーンの方が似合いそうなんだけど。
「どうぞ?」
聖域から出ないまま、声をかける。
アッシュ大丈夫かな? でもここで俺が外に出ると、姿を見られるしな。ああ、そうだ。
『俺から見て2時の方角、50メートル先にいるこっち見てる人間。捕まえて、一時的に五感奪って連れてきてくれるか?』
なお、周囲でわさわさしてる黒精霊は俺のむぎゅっとしたやつです。魔物が近づくのをためらってる感じなのも、黒精霊がもっさりいるからだろう。
「黒精霊が去っていく……?」
目を見開き俺を見ていた女が、今度は黒精霊が向かった方向を呆然と見る。
去ったっていうか、襲いに行ったっていうか。
「……っ」
「失礼」
そこを後ろから執事が何かしましたよ?
意識をなくし、膝から崩れる女を支える執事。
「おい! って、まあしゃーないか」
ディーンが焦ったような声を出したけど、すぐにため息をついて表情を緩める。
「知らない人がいるの、面倒だしな」
【探索】で無事、こっちを見ていたひとが襲われているのを確認しつつ、アッシュの様子を確認して抱き上げる。
襲われてるのを無事って、我ながらおかしいな。
「何故、ここに? と聞いて良いものでしょうかな?」
執事が自分の体に目を走らせ、怪我がなくなっていることを確認している。
せっかく顔を隠してるのに、俺だってバレバレという、こう。
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