第434話 進行中
この時期りんごやオレンジが大量なので、菓子とジャムを作る。
その前にオレンジを絞ってジュース! オレンジ2つ分、ぎゅっと絞ってぐっと飲む。リシュが顔をぷるぷる。
「飛んじゃったか? ごめんごめん」
手を洗ってリシュをなでる。
リシュ用の新しい水を出して、ぽふぽふともう一度なでて作業開始。どっしりしたタイプのアップルパイ、中がとろとろの長細いアップルパイ。薄焼りんごタルト、タルトタタン、アップルクランブル、ハチミツりんごケーキ。
ディノッソの家への差し入れ用は、ちょっと模様も飾りも凝る。島用の菓子はなるべく分けやすい形状で。外で食う用は手のひら大から一口サイズくらいの小さなもの。あつあつのまま【収納】。
オレンジはオレンジケーキとオレンジレアチーズとオレンジピールのチョコ掛けと――。
三日と半かかって、色々作った。早くカヌムにみんな帰ってこないかな。落ち着かなくってそわそわする、こう言う時は掃除とか料理とか日常生活のあれこれをしよう! って思ったんだけど、作りすぎるぞコレ。
◇ 一方その頃、魔の森奥(レッツェ視点) ◇
「マジかよ……」
隣でディーンが小さな声を漏らす。
俺もこの冷える場所でじっとりと脂汗をかいている。領主の娘が探し出した黒精霊は、すでに肉に憑いて魔物になりかけている。正しくはもう魔物なのだが、まだ
「コレが動き出したらマズイのは僕でもわかるよ!」
クリスも小声だが切羽詰まった早口だ。
うずくまったフクロウのようなモノ。ぼこぼこと黒いイボがあふれ、その上に羽が生え、またイボに飲み込まれてゆく。そうして目の前で育っているモノは尋常でない気配を漂わせている。
動きが悪いからといって、手を出したらひどい目にあうのは俺でもわかる。なにせ視界に入れてるだけで足が震えそうになるしな。
「細かい黒い精霊が集まっている」
アッシュが眉間に皺を寄せている。
俺は精霊が見せるつもりになってるか、存在が大きかったりしないと見えねぇ普通の人間だが、アッシュとノートの琥珀の目は精霊が見える。
細かい黒い精霊が集まる場所は、大多数の見えない者たちからは分かりやすく、瘴気や魔素溜まりと呼ばれる。
「こりゃ帰ったら神殿で落としてもらわねぇとやばいな」
この中にいると、気分が悪くなる。
小さいとはいえ、黒精霊に憑かれた状態におちるため、考えが暗いものになり、黒精霊に引きずられて人を憎み嫌う。その嫌ったり憎んだりする中に自分自身も入るのがタチ悪ぃ。
「――足りますかな?」
ノートが言う。
こっちは
「いくら雫が大きくても、ダメそうに見えるなこりゃ」
ディーンが領主の娘に――娘が持っている雫に視線をやる。
雫は精霊が黒く染まる前の、人に好意を持っていた時の力だ。力は精霊の存在そのもの、今の黒い状態をある程度相殺して
元に戻すなんてことは望めねぇが、森の奥に引っ込んでてくれるか? くらいの淡い期待はあった。だが、ディーンの言う通り見るからにダメ、焼石に水だろこれ。
「大丈夫です。私が――」
領主の娘が胸に手をやって、うずくまる魔物の方に一歩。
「やめとけ」
面倒臭いが止める。
「あんた、魔の森に入り慣れた町娘だろ? ここに送り込まれたってことは領主とやらの血は入ってんだろうがな」
止められたのが意外だったのか、こっちを見て少し驚いたような娘に畳み掛ける。
「貴族を名乗るにはいささか行動に無理がございますな」
ノートの言うように、御令嬢にしてはだいぶおかしい。
魔物や侵略者の討伐は貴族の義務なんで、たまに行動的なヤツもいるけどな。歩き方も指先も、俺の知っている戦う者の動きでも、貴族の所作でもなかった。どっちかってぇと、俺もよく知ってる浅い森に入って働く町娘のそれだ。
「あー。精霊の愛する者の血で
ディーンが嫌そうに言う。
本当に面倒だ。ここに俺とノートだけだったら、おそらくとっとと娘を生贄に退散している。
「うら若いお嬢さんがする決意ではないよ!」
クリスのまっすぐな笑顔が眩しいな、おい。
これ、領主の元に姉か妹が人質にってパターンだろ?
「いいえ、私がコレをなんとかしないと……っ。……っ」
決死の顔をした娘の言葉。終わりは、はくはくと口が動くが言葉がない。
思い詰めてて言葉が紡げない――んじゃなくって、誓文で縛られてるんだろうなこれ。
これからこの魔物と命懸けで戦って、生き残って、帰ったら帰ったで領主のあれこれに巻き込まれんのか。本当に面倒くせぇ。
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