第433話 一方その頃森の中(レッツェ視点)
石を抱え込んだ大きな木の根の間、洞というには浅い横穴に身を隠しため息をつく。
周囲にはディーンたちもいるが、まとまって隠れる場所がないため離れている。それぞれ黒精霊の視線避けの効果がある、同じマントで身を
動き回れば効果が薄れるようなもんだが、お陰で物を透過する黒精霊の視線から、こうして隠れていられるのだから文句はない。
このマントはこの依頼を受けた時に支給されたもので、依頼達成後はそのまま報酬の一部になる。
ちらつく雪を見ながら手袋を外して、顔を擦るように
顔がこわばるのは寒さのせいもあるが、ここ最近あまり表情を大きく動かすことがなかったことも原因か。声を潜め、身をすくめて進んで数日、そろそろ目的の場所につくようだ。
カヌムを出て一ヶ月余り。こうして魔の森の奥で身を縮めるはめになった、ギルドからの依頼を思い出す。
冒険者ギルドの一室で、『依頼達成のため以外では、依頼内容を口外しないこと』の誓文を入れたあと、少し顔を硬くした冒険者ギルド長から直接話を聞いた。
断った場合でも、依頼内容の吹聴ができなくなるのでこの誓文はよくあるものだ。
「なんで城塞都市の冒険者に頼まねぇんだ?」
話を聞き終えた後にそう言ったのは、確かディーンだ。
依頼者は城塞都市アノマの領主、依頼内容は「精霊の雫を、生み出した精霊に返すこと」。
カヌムは城塞都市とは国が違う。そして城塞都市アノマの冒険者ギルドはカヌムのギルドよりも人材が豊富で、今なら金ランクのアメデオたちがいる。
「同じ街のギルドには依頼し難いそうだ。何より、雫の精霊はそこそこ強いそうで、襲撃を受けた場合に備えておきたいそうだ」
ギルド長もあまり乗り気ではないようで、声に少しうんざりした感が混ざる。
ただ、カヌムと城塞都市は近い。いざ、カヌムが魔物に襲われた場合、もちろん国にも救援を乞うだろうが、当てにできるのは城塞都市の冒険者だ。おそらく、城塞都市の冒険者ギルドの長から、一筆もあるはず。無下にもできねぇんだろう。
精霊の雫は、精霊が気に入った相手に渡す自身の力の結晶。魔物でいうところの魔石と似たものだが、魔石と違い恨みつらみなどの悪い影響がない上、魔石よりだいぶ強力なものだ。
普通は手放さない高価なものだ。珍しいもんだし、効果によっては金に替えることもできない。――ジーンがエクス棒に食わせてた気がするが、まああれは例外だ。知ったら悲鳴を上げるのが多数いるだろうが、諦めろとしか。
ただし、雫の精霊が黒精霊と化した時、その雫を持つ者や雫がある場所は狙われる。早い話、城塞都市アノマに雫をもたらした精霊が最近黒精霊になったんで、魔の森に向かったそれを追って、雫を返してこいって依頼だ。
早いうちに使い切るなり割るなりしちまえばいいんだが、今から割っても力の残滓が消えるまで時間がかかるため、雫に関わった者や場所が狙われるのは変わらない。
それを避ける方法としては、元の持ち主である黒精霊の近くで割って、力を返すこと。
で、こうして魔の森の奥でかじかむハメに陥っている、と。面倒なことにその精霊の気配を見つけられるヤツを護衛しながらの道中だったが、思ったよりは順調だった。
その護衛対象はアッシュと一緒にマントに包まっている。城塞都市の領主の三女ってことだが、高貴な身分の割に泣き言をもらさねぇ。粗食にも慣れてるっぽいし、足も強い。
それに領主の娘は一人だったはずで、そいつは俺も見たことがある。髪の色も違うし、別人だ。三女本人は健気で何かを企むタイプではないようだが、どうも何かありそうで落ち着かない。
城塞都市が確保している戦力を考えれば、精霊はそこそこどころじゃなく強い。手負いで力を失っているのを差し引いても、ヤバい相手の可能性がある。
雫の現物を持ってるこっちとしちゃ、回復する前にさっさと遭遇して済ませたい。
ジーンからもらったキャラメルを口に放り込む。放り込んだ一瞬、甘い香りが鼻に抜ける。
ここまで来ると魔物の数が多い上に強い個体が多く、正直食料の確保をしている余裕がない。食える苔や若葉を、通りがかりに採取するくらいはしているが、そのまま食うには不味いしあまり腹の足しにはならねぇしで、正直口にしたくねぇ。
油断すると浮かんでくるのがジーンの飯って、だいぶ毒されてるな俺。ちょっと前までは、魔の森に数日入る時は狩りの余裕はあるものの、冷たい湿気った地面で休むのが普通だったはず。
そんなことを考えていると、ふとディーンとクリスと視線が合う。目があったまま、二人とも同じキャラメルを口に放り込んだ。
二人の少し憮然とした顔と、キャラメルを放り込んだ動作が妙におかしくて、久しぶりに心が浮き立つ。多分、二人が見た俺も同じような顔をしてたんだろう。
さっさと依頼を終わらせて、ジーンに飯を集るか。
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