第432話 便りがないのは

「ハウロン〜、ここにダンゴムシ配備する?」


 『家』に帰る前に貸家に寄って、一階の居間にいたハウロンに声をかける。


「ぶっ! 何でそうなるのよ!?」

飲んでいたワインを噴き出して、机の上を慌てて拭きながら俺の方を向いて叫ぶように。


「安全のために行動範囲に2、3匹いたっていいじゃないか?」


 ちなみにシヴァには、認識のための初対面の時に絶対零度の微笑みで「半径十メートル以内に寄り付かせないでね?」という脅……お願いをされている。


 女性って、一定の年齢になるとなんでか虫を嫌いになるよね。弟たちと虫を突き回してる今は大丈夫だけど、ティナもそのうちダメになるんだろうなあ。


「いいわけないでしょ! ダンゴムシは魔物! むしろ安全を脅かすものなの!」

「このダンゴムシは安全ですよ。階段のとことかにどうですか?」

にっこり笑って勧める俺。


 この家、一階はともかく、2階より上は階段しか通路がない。避難用に出口への経路は二箇所欲しいんだけど。


 敵に階段から襲撃されたら、迎撃して階段を取り戻すか、窓から飛び降りることになるだろうし。でもダンゴムシの配備場所として、個室のある2階以上に行く時に必ず通る階段はいいと思うんだ。


「ここには、いきなり敵襲食うような借主いないでしょう!? 何を言っているの? あと敬語!」

あーもーみたいな顔をして、水煙草を取り出すハウロン。


「いやでも将来的に襲われるかもしれないし……」

ね? 俺も敬語直さなくっちゃ。


「どんな将来よ!? 国や組織に情報目当てで力を貸していた時ならともかく、あたし個人で恨まれてるのなんて、魔物や黒精霊にくらいよ! むしろダンゴムシには恨まれてるの!」


 ダンゴムシの天敵、ハウロンに貸家に解き放っていいか聞いたら却下を食らった。


「ダンゴムシは過去は水に流すって」

「意思の疏通を図らないでちょうだい!?」

目をむくハウロン。


「はぁ。そんなにダンゴムシを置きたいなら、レッツェの部屋にしなさいよ。寝ぐらとしてちょうどいい植木鉢もあるし」

あきれたようにため息混じりで言う。


「……」


 植木鉢の底とか、ダンゴムシにはよく似合う。でも、ほっぺたの人権が侵害される未来が見える……っ!


「はい、はい。レッツェの部屋にできないなら諦めて。で、急にどうしたの?」

水煙草を吸い込んで、ふーっと息を吐き出すハウロン。


 ガラス部分には、水の中に何かのハーブがいく枚か漂っている。ハウロンの水煙草は、丸いガラス部分に調合された好きなフレーバーを吸い込むもののようだ。


「いや、ちょっとシュルムが【収納】持ちを探してるって聞いて……」

「エンはまだシュルムに知られてないし、前にも言ったけれど情報を持っていた国は内部で潰し合いをしてるから大丈夫よ。シュルム側の国ってわけでもなかったしね――で、ここに来る前に何をやってきたの?」

コンっと一度煙管の雁首を打ち鳴らして聞いてくる。


「えー、今日は――」

子供たちと遊びながらカヌムをめぐり、精霊セキュリティを設定してきたことを話す。ダンゴムシもね!


「ちょ……っ、どこの魔都よ!」

頭を抱えるハウロン。


「えー?」

「えーじゃないわよ!」

ばっとこっちを向いて叫ぶ。


「割と自然なかんじに仕上がってると思うけど」

「表向き自然な方が厄介でしょうが!」

「知らぬが花でいいじゃないか」

やっかいなのはちょっかい出してきた人に対してだけだ。


「気づいたら即行逃げるわよ!」

ダンゴムシセキュリティ、ハウロンにとってはダメなもののようだ。


「仕方ないな。諦めるか……。それにしても今頃レッツェたちどこにいるんだろ」


 暖炉の壁に寄せられた薬缶からお湯を掬って、一息ついてコーヒーを淹れる俺。いつもなら、貸家ここでコーヒーを淹れてくれるのはレッツェで、紅茶やハーブティーは執事が淹れてくれる。酒はディーンやクリスが。


「お嬢ちゃんに憑けた精霊はなんとも言ってこないの?」

「んー。なんか同行者の中に、『見えて』『気配を感じ取れる』やつが高確率でいるからって。今回は定期便なし!」


 前にアッシュが国に帰った時は、朝と夕方と1日2回、時間を決めて精霊のジェスチャーで交流してたんだけど。


「なるほど。その人に腕輪のことを知られたらやっかいでしょうし、むしろ連絡があったら、それこそ危ない時ってことね。寂しいことに」

ハウロンが笑う。


「便りがないのは元気な証拠ってね」

寂しいけど。


 コーヒーを一口飲む俺。

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