第431話 お散歩

 カヌムの子供たちとカヌムの街を歩く。


「ジーン、こっち!」

笑顔のティナ。


「ここを抜けると早いんだ〜」

「近道〜」

エンとバクが俺の手を軽くひっぱる。


 カヌムはだいたい外壁は共有していて、家同士がくっついている。でも、大通りの大きめの店同士は、時々人一人通れるくらいの間が空いていて、通り抜けられる。


 元々は店の裏が商家を営む家族の家になっていたらしい。でも今は人手に渡って、店と関係のない人が住んでいることの方が多いんだって。で、昔は家に抜ける路地には戸がついてたらしいんだけど、今はないところも多いし、あっても鍵が壊れていることが多い。


 その壊れて、出入りできる戸に子供たちはとても詳しい。ティナたちも、カヌムに来てから肉屋の鼻ったれとかと混じって遊ぶうち、いつの間にか詳しくなったんだそうだ。


 子供の遊び相手から遊び相手への情報って侮れない。どこそこは怖い住人がいるから通っちゃダメとか、大人に見つからないように通れる場所を塞いで隠す約束とか。


『よし、よろしく!』

俺は子供たちに引っ張り回されながら、いくつかの場所でポケットからダンゴムシリリース。


 エンとバク、ティナの行動範囲で、人目につかない襲われそうな場所にダンゴムシ配置。チャンスがあれば積極的に乗っ取りも解禁。


『この子達を追って、嫌な匂いのするヤツが来たら、転ばせてください』

『はーい、つま先引っ掛ける〜』

『俺は滑らせる〜」

路地にいた精霊たち、欠けた石畳の精霊、踏まれてつるつるになった石畳の精霊に頼む。


 市壁の精霊にも頼んだし、塵芥の精霊、路地の精霊、古い石壁の精霊、かけた石畳の精霊、吹き溜まる風の精霊とか、ほとんど同じ場所にいて動かない精霊にも頼んだ。


 吹き渡る風の精霊や、午後の光の精霊、夜陰の精霊とか、移動をする精霊にも頼んだ。


 いざという時に逃げ込んだり、隠れたりする場所も案内してもらって、大きめの精霊も配置した。というか、そこにいた精霊に魔力を分けて頼んだ。


 子供たちの秘密の通路を抜けた先、屋台の並ぶ広場で買い食い。この時期人気なのは、熱いモツの煮込み。俺は渡される共有の食器がダメで食ってないけど。洗わないんだもん!


 今日は俺の奢りってことで、子供たちのいつものおやつにしては、ちょっと高いもの。


「これでいいか?」

「うん!」

「わーい!」

「お肉〜」


 立ち止まった屋台では、豚の塩漬けをクズ野菜で煮込んでいる鍋がドーン、傍には拳二つ分くらいのパンが積まれている。


 大丈夫、セーフな範囲内の菌しかいないし、肉好きディーンおすすめの屋台だ。


「おやじ、4つ」

「はいよ!」


 二股フォークみたいなので肉を突き刺し鍋から出すと、薄く――とは言えない厚さだが――手早く切ってゆく。パンを二つに割って、はみ出るほど肉を盛り、鍋の煮汁を少しかけて出来上がり。


 子供たちがそれぞれ受け取って、屋台から離れながらがぶっとやる。ちょっと前に島でも同じようなの食ったけど、こっちの方が肉そのものの味はいい。ボリュームもある。


 これは一つ銅貨2枚。割といい感じのソーセージ二本が、銅貨か銅貨と小銅貨くらい。島だとこのレベルの肉は倍くらいしてしまうかもしれない。


 魔物は怖いんだろうけど、魔の森の恵は豊かだ。 


 でも味付けは断然島。ナルアディードが近いんで、入ってくる香辛料や調味料が豊富だから、当然と言えば当然。カヌムに入って来てるものもあるけど、味も香りも飛び気味だし。


「シヴァの料理の方が美味しいな」

俺が色々届けてるのもあるけど、カヌムでは一番だと思う。知らない食材をちょっと味を見て、料理に足す腕もすごい。


「お母さんのごはんは美味しいけど、これも美味しいよ!」

「内緒で食べると美味しい!」

「時々なら美味しい!」

ティナ、エン、バクが口々に。


 ――シヴァには内緒じゃないぞ? ちゃんと外食の許可をとって来た。むしろ許可をとって来たことを子供たちに内緒にしている。


「だいたい網羅したか?」

人の家の裏口の階段に座って食べながら、子供たちに聞く。


「したと思う」

「うん」

「したはず」

子供たちの行動範囲は自己申請では網羅したようだ。


周りに・・・色々頼んだけど、本当に安全なのはディノッソとシヴァの側だから、それ以外では気をつけてな。今日のは、ただのおまじない程度とでも思っておいてほしい」

油断が一番困る。


「気をつける。でもいざという時少しは守れるくらい強くなる――あの時、ジーンが来てくれなかったら捕まってたもの」

ティナがちょっと眉間にシワ。


 ティナの言うあの時は、前に家族が隠棲していた場所で、馬に乗った不貞の輩が子供を人質にしてディノッソとシヴァを脅していた時のことだろう。


「あんまり無茶しないように。強くても無茶するとピンチになることはあるし。……エンの前にいたティナはカッコ良かったけど」

幼いのに弟を守る姉の図に衝撃を受けたことを思い出す。


「うん。お父さんを見て、声をだしちゃいけないところで叫んじゃった。がんばらないと」

そう言えば、ディノッソが蹴られてる現場でティナが叫んで敵に気づかれたんだった。どうやらすでに、お父さんとお母さんから教育的指導を受けている様子。


「今度はティナ姉ちゃんを守れるように頑張る」

「うん。その前にみんなで逃げられるように頑張る」


 バクとエンも伝説の金ランクの英才教育は順調の様子。あんまり俺がやることなかったな、と思いながら肉を挟んだパンをガブっと。 


 今日、子供たちについて行ったら色々教えてもらえたし、妙な懐かしさとスリルで楽しかったから良しとしよう。

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