第430話 自覚

 ディノッソ家の子供たちと遊び、『家』の手入れをして過ごす。穏やかだけど、みんながいないと少し寂しく、微妙に落ち着かない。


 なので本日はジャングルチャレンジしに来ました。周囲の精霊に話を聞いて、入念に準備。


 多くを取らず、多くを変えず、なるべく街のものは持ち込まない。ジャングルに入る前の草地で火種だけ作って、足を踏み入れる。


 【転移】で、前回行ったところまでいけるけれど、端から精霊に話を聞き名付けながら進む。ジャングルの浅い場所はまだ、意思の疎通ができる精霊がいるから。


 持ち帰るのは入る時に望んだものだけ。食べ物でも何かの木でも、大雑把で構わない。それに生きるためにジャングルの中で消費するのは問題ない。


 今回の目的はバナナと、あとは無事にジャングルを抜けること。


 ざわざわと人でないものの気配がする。黒精霊のように悪意が明確なわけじゃない。ただ人間に優しくない気配。いや、優しいのかな? ――よくわからない。


 陸の見えない海の上、船がひっくり返ってその上にいる時、海の気配は優しいだろうか? 


 ドキドキしながら進む。途中、アナグマっぽい生き物がシロアリの蟻塚をデカい爪でガシガシ壊してたり、蛇を食べていたり。


 【鑑定】してみたらメリヴォラという動物らしい。しかも魔物にもくらい付いていく凶暴さのようです、近づかなくってよかった。


 ジャングルは東の魔の森や、北の黒山に比べて魔物は少ないようだ。その点については順調。歩いていると、ジャングルを抜ける前に日が暮れてしまうので、バナナを手に入れた後は走る。


 走ると何かが後ろから手を伸ばしてくるような気配が大きくなった。


 たぶんジャングルにいる精霊が俺に興味を持って、ついて来てるだけだと思うんだけど。目を向けると隠れるけれど、真後ろはもちろん目の端にちらっと映る程度のところにいるんだよね、ここの精霊。


 必要以上に踏み荒らしてしまわないよう、気を配って足の運びを考える。同時に自分が滑ったりバランスを崩したりしない足場も考慮する。


 後ろの気配がどんどん増えるんですが。


 そして草原に抜けた――!


 怖かったです! でもやり遂げた感! 清々しい地平線! 


「よし、【転移】!」

早く人のいるところに駆け込みたい!


 ◇ ◆ ◇


「で、駆け込んできたのか」

「うん」

駆け込んだ先はディノッソ家、だって他は留守だし。カーンとハウロンはいるけど、いつもいるはずの人がいない場所に行くのは今は嫌だった。


「なんでそんなチャレンジしてんだか。バナナってエスにもなかったっけ?」

「珍しいけどあった気がする。一回逃げ帰ったみたいな場所を制覇したかっただけだ」

勝利して来たんで褒めて。


「美味しいわよね、バナナ。パウンドケーキに入れて焼いたやつも、チョコレートをかけたやつも」

シヴァが頬を押さえて嬉しそうに笑う。


「……あんま変なことばっかりして、変なもの引っ付けてくるなよ?」

「はーい」


 食事を終えて子供たちは部屋に引き上げ、ぬくぬくとした暖炉の前でディノッソとシヴァと3人でココアが入ったミルクを飲んでいる。ディノッソも本日は休肝日。


「バナナといえば、これ食べて。明日がギリギリ」

バナナオムレット。 


 もっとクリームに砂糖を入れれば保つんだけど、俺がミルクっぽいクリームが好きなんで。


 ふわふわのスポンジに小さめのバナナ一本、たっぷりの生クリーム。スポンジにはラム入りのシロップを染みさせてある。乾かないように、蝋を浸した薄い布でくるんである。


 アッシュが帰って来たら、苺バージョンを作って食べてもらおう。レッツェはふわふわしたものより、少ししっかりしたものが好きみたいなんで、バナナケーキかな。ディーンとクリスは肉の方がいいんだろうなぁ。


「あら。子供たちには明日、私は今いただいていいかしら?」

包みを開けたシヴァが嬉しそうに言う。


「どうぞ」

早いうちのほうが美味しいし。


「うーん、さすがに甘いもの重なるのはな」

ディノッソは持っているカップを覗き込んで思案顔。


「夕食の時のスープ、もらっていい?」

「どうぞ、好きなだけ」

俺は夕食に出されたスープの入った、暖炉にあるスープ壺に釘付け。煮崩れしないよう、暖炉の壁にくっつけて置かれている。


 根菜と塩漬け肉の塊のシンプルなスープ。肉からは味が抜け出てスープや野菜に染みている、肉の味が抜けてるところも含めて、優しい味。蕪もニンジンも柔らかい。


 たぶん俺、ここ数日からまわってるなこれ。自分があちこちフラフラするくせに、まわりがいなくなるのは寂しいってだめだこりゃ。


 危なくなったらカヌムここも捨てるつもりだったのに。今では絶対無理! たぶんカヌムで俺は幸せなんだ。

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