第429話 結局食い物中心の視察

 変な住人ソードマスターと別れ、街の散策に戻る。


『旦那、旦那!』

声がする方を向くと、海鳥の精霊。


 場所は海の見える南の路地、まだ人が住んでおらず家の外側だけ出来上がった地帯。


『最新の声いる?』

顎に翼をやって、斜めに構える海鳥の精霊。


『いる、いる』

海鳥の精霊の言う声というのは、レディローザがローザ一味に伝える秘密のやりとり。


 アウロたちもあれから少々調べたらしく、レディーローザが亡国の貴族だと言うことは聞いた。ローザの親戚か何かかもしれない。


『ぽちっと』

《海の薔薇より白薔薇へ。袋の奪取は阻止、袋からの返事なし。吐息の二つはこちら側》


 海鳥君がもふっと丸い胸の羽を押すと、女性の声が流れる。


 暗号ではなくって、何かを置き換えてる感じ。海の薔薇はレディーローザ、白薔薇はローザなんだろうけど、袋ってなんだ袋って。吐息の二つっていうのは、なんか味方につけた国の場所と数かな?


『ありがとう。意味がわからないとこもあるけど、集めておけばそのうち繋がるかな? 引き続き頼む』


 お礼に魔力と酒を出す。確か宴席で大量に飲んでいたはず。精霊は偏食なので食べられるものの種類は少ない。


『ありがとうよ、旦那!』

嬉しそうに呑む海鳥君。


 レディーローザの目的は、海賊行為で資金を集めることと、味方を作ること。――あとなんか袋。


『ここの島は水も美味いし、いいねぇ』

駆けつけ三杯、酒を飲み終えて翼で口元を拭う。


『さて、あっしはひとっ飛び、この声を届けて来まさぁ。じゃっ!』

そう言って力強く飛び立つ。


 海鳥君飲酒運転? いや、運転じゃないか、飲酒飛行? 短気なのかな? 全体的に動きがなんかせかせかしている。ばっさばっさと飛んでゆく、働き者の海鳥君を見送る俺。


「あ」

遠い場所を大きな影が飛んでいる。


 ドラゴン。色はわからないけれど、形状がわかるのだからよほど大きいのだろう。いつかドラゴンの地にも行ってみたいが、あの薄ら怖いジャングルを通る勇気が欠けている。


 ディノッソ、どこでドラゴン型の精霊と出会ったんだろうな? 


 精霊は自分の元になった花や、器物の姿をとったり、性質のイメージだったり、生まれた時に側にいたモノの姿になりやすい。ドラゴンの棲家に行けば、きっとドラゴン型の精霊がいると思うんだ。


 なんとかジャングルの、あの人を寄せない雰囲気というか、人と遠い気配に慣れないと。気を抜くとジャングルの一部として――思考を鈍らされて、精霊界に引き込まれてしまいそうで怖いんだけど。


 ドラゴンが見えなくなった空から目を離し、街の散策に戻る。路地や建物は今日はこれくらいにして、昼時の市場を覗く。ジャングル思い出したら人のいるところに行きたくなった。


 入り口の正面にいる徴税官に手をあげて挨拶し、中に入る。昼時の市場は、当然ながらすぐ食べられる物を扱う店が人気。その一角に人の姿が集まっている。


 大小の籠が並ぶ店、外から入ってきた布を扱う店、靴屋、銀器屋。食べ物ゾーンは干した果物、ビスケット、ハムかな? 吊り下げられた豚の足。


 こっちの世界、ある程度高い店は、何の肉か主張するために豚とか鳥の足はそのままくっついて販売してる。動物の肉だってことの主張が激しい売り方だけど、日本みたいに冷やされたガラスケースに並ぶ肉というのはないしね。


 部位ごとのブロック肉が当たり前だしなー、と思いながらぷらぷら歩く。最初に飛ばされた無人島では、魚か蟹だったし、初めて肉の解体をしたのはカヌムでなんだけど、なかなか衝撃が大きかった。


 ツノウサギとか魔物はいいんだけど、普通の猪とかね……。吊り下げるとダニとか落ちてくるし、個体によっては寄生虫がすごいし。最初、魔物肉ってなんかヤダなーって思ってたけど、今では断然魔物肉派な俺です。


 魔物の肉は黒精霊の残滓を残してるんで、それを肉から除いてもらうか、食べた人が定期的に神殿で落としてもらうかになるんだけど。


 俺はそれを気にするなら、黒精霊に名付けて回ってることの方を気にしろってかんじなんだけどね。


 ちなみに魚介は下の集落に店があって、朝早くに振り売りが歩く。魚介が食いたい住人は、呼び止めてその場で買う。宿や食堂は店に買い付けに行くし、事前に頼んでおいた魚が入れば届けてくれるらしい。


 俺も軽食ゾーンに突入。何か珍しい物はあるかな? 


「これは?」

「島の特産のトマト! 毒はねぇし美味いぞ!」

いや、それはわかる。


 一番人盛りがある店はトマト押しだった。パンの上にトマト、その上に朧豆腐みたいなのが載っている。上にかかってるのはオリーブオイル?


「白いのは?」

「ナルアディードで午前中作られたチーズだよ、今日中だ!」 


「一つください」

おじさん曰く、チーズ。多分、牛乳にお酢をちょっと混ぜて固めたもの。


 一つじゃ足りないな。落とさないよう気をつけつつ、人混みをぬって他の店に。お? なんか美味しそう。


「一つください」

「はいよー!」


 煮込んだ肉を切り落としたものを半分にしたパンに詰めたもの。俺に渡すときに、もう半分のパンが載せられてパンに肉を挟んだ形状に。


 どっちも二つ折りの紙に入れてくれているが、ぽろっと崩れそう。外で食べよう外で。


 両手に一つずつ持って、市場から抜ける。徴税官の前を通るが、これくらいなら税金はなし。中で腹に収めちゃう人もいるしね。


 まだまだ野菜は少ないな。もぐもぐしながら市場で扱う物を思い出す。定住者も増え、店も増えたけどまだ寂しい。


 うーん、このトマトとチーズの、パンにニンニク塗って欲しいな。バジルも欲しい。後でちょっと作って食べよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る