第387話 試したがる

「ぶぼっ」

ハウロンが吹き出した。


「ご……っ」

カーンは何か喉に詰まったようだ。


「いっ……」

ディノッソは歯をカップにぶつけた。


「あー……。精霊と人との契約にしては大分軽い印象があるんだが、俺の気のせいか?」

レッツェが誰にともなく言う。


「概ね成り行きで、こんな感じなような気がしなくもない」

レッツェに答える俺。


「げふげふっごほっ」

ハウロンが咳きこんでいる。


 カーンは早く喉に詰まった物をなんとかしないと、顔色が青い気がする。ディノッソは頭を抱えて動かない。


 レッツェがネネトとスコスを見る。


「小さな精霊たち伝に聞いたところによると、この人間は契約しても特に何をするでもないようだからな」

スコスが杯を口に運びながら言う。


「あ、はい。放置です」

面倒なんで。


「力を借りるために契約するんじゃないのか?」

「だって俺、その場で名付けた精霊に力を借りるので十分な生活だもん」


「ごっほんごっほんっ!!」

ハウロンがまた盛大に咳き込んでいる。


「……」

カーンはピクリとも動かない。


「……」

ディノッソはピクリとも動かない。


 魔法を使うと言っても、周囲を破壊するつもりもないので、魔物に必要最低限弱点に当てれば終わるくらいだし、十分だ。湖に入るとか、特殊なことをする時は立ち止まって多めに契約すればいいし。


 『家』や島の、俺の周りに常駐する精霊には色々頼んだりするけど。今は海鳥くんくらいか、外で働いてもらってるの。


「さあ契約を」

「契約を」

スコスとネネトがこちらを見つめてくる。


「スコス、ネネト、よろしく」

相手が受け入れているのなら、契約は名を呼ぶだけだ。至極簡単。


「おお、甘露」

「良いねぇ」

スコスとネネトが嬉しそうに目を細め、なぜかでっぷりワニとピンクの蛇に戻ってうねうねしている。


「こっちが本性ってやつなのか?」

レッツェが軽く眉間に皺を寄せて、二人を見ている。


「今まで、魔力が美味しいなんて言われたことないけど」

「野蛮な者どもの住む地にある精霊は、自分の属性と相性が良ければそれでいい雑食よ。その点我らは口が肥えておるのだ!」

胸を反らして誇らしげにわんわんが言う。


「ほう? この短期間にアサス、わんわん、さらにはこの二人と立て続けに契約して揺るがぬとは。人間、おぬしは思ったよりやるの。だが我はどうじゃ?」

すごくこちらを見下すような、どうせ無理だろうと馬鹿にする、そして挑んでくるような視線。


「S!? うをっ……!」

ぐんっと何かが抜ける衝撃。久々の魔力切れ間近のだるさ。


「おい、大丈夫か!?」

レッツェの声が頭に入ってくるまでちょっと間が。聞こえてはいるんだけど、理解できるまでちょっとかかった。


 そのせいかレッツェが何か袋から取り出し始めた。苦いやつ、苦いやつを飲ませる気だな!?


 あとカーンとディノッソは剣を引き寄せるの止めろ。


「ん。大丈夫」

だからその濃い緑だか茶色の物体はしまってください。ナイフで削らないでください。ハウロンも魔法陣しまってしまって。


 レッツェの隣で、エスを見て俺を見ておろおろするわんわんが、レッツェの扱う物体を見て、ぎょっとした顔をする。


 あ? やっぱりなんかやばい感じだよね、この匂いからして苦いやつ。作るところ見学させてもらったことあるけど、絶対飲みたくないもん。


 「気付け薬の一種は一種だが、そばにいる精霊が魔力を振りまいて逃げていく」っていう説明で、気付け薬の効果と、周囲に精霊がいれば魔力もちょっと回復する優れものらしい。


 ハウロンに教えてもらって、神官崩れの冒険者から聞いた話を元に少し手を加えたものだそうだ。


「ほう? 耐え切るか」

愉快そうなエス。


「やたら人を試したがるのはやめろ」

うっかりドS女神って名付けるところだったぞ! 


「ごっふっ!」

口を開いたら問答無用でレッツェに苦い物を放り込まれた。


 ひどい!


「ぬぉ……!」

「ぐぅ」

「うぐ」

俺がレッツェの薬を飲み込んだ途端、わんわんが前足の爪を地面に穿ち、スコスとネネトがよろめくように少し下がる。


 その下がった場所にスコスとネネトから生まれた『細かいの』が残り、俺の方にふわふわと漂ってくる。


「あれ? この薬、精霊にダメージでる?」


 『細かいの』は夜に生まれて月の光に消えてしまうような不安定で儚い存在。水の飛沫、陽の光、さまざまな自然現象に伴って生まれ、簡単に消えてゆくんだけど、その『細かいの』が集まって消えない精霊になったり、精霊が取り込んで大きく強くなったりする。


 精霊が力を使ったり、ダメージを負ったりすると、精霊の体から力の残滓、命の残滓となって現れ、また宙に漂う。


「普通、効果はとても軽微よ。ただ、飲んだ者の減った魔力を埋めようと働くものだから、強くでたのかしらね。アナタの魔力量と、今回減った魔力が桁外れなのよ……」

ハウロンがため息をつきながら、懐に魔法陣を戻す。


「すこしチクっとしたな。これもまた久方ぶりな感覚よ」

エスが笑う。


 ――事故ってSになった気がするけど、音は同じだから問題ない。うん、問題ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る