第386話 少し空けた間に
エスの頭にエスじゃないイスが載っている。もちろん小さくなってだが、どうみても椅子。
――近世のフランスとイギリスの裕福な貴族は男女どっちも、独創的で大げさな髪型にしようと競い合ったんだっけ? 帆船が載ってるよりマシだと思おう。幸い椅子はそこまで大きくはない。
「えーと。味はする?」
「うむ。我が恵みで潤った物は全て愛しい」
エスから笑顔で答えが返ってくる。
「このわんわん、女神エスのもたらす物ならばどのようなものでも……っ!」
わんわんはダメな感じ。
「……ちょっと材料とってくる! これ飲んで休んでて」
エスで買った酒の瓶を数本シートの上に出す。つまみになりそうな、ナツメヤシを干した物と、市場で買ったナッツ類を少々。
そして【転移】。
「ちょ! お前、この状態でおいて行く気……」
ディノッソの声が聞こえたが、用意してきた物じゃおそらく味がしない! 俺が使った材料はエス川に関係ない恵ですよ!!!!
そう言うわけで市場近くに【転移】、ダッシュで買い物。『家』に【転移】。ついたとたん、駆け出してきたリシュが俺の前でピタッと止まって、不審気に匂いを嗅いでくる。
「って、ごめんリシュ。遊んでる暇が今ないや」
そのリシュを足の間に挟んでわしわしとなでる。
急いで料理、正しくは買ってきた出来合いの物にちょっと手を入れるだけ。なにせもう席について料理を待っている状態だから。
昨日もその前も市場に行ってるし、出そうと思っていた料理のいくつかはエスで買った材料でできてるんだけど、なにせエスとわんわんが増えたしね。絶対味のする料理が足らなくなる。
市場で買ってきたパンを半分に切って温め直す。平たくした生地を、高温のかまどで一気に焼き上げたんだろう、中がふわっと膨らんで空洞があるヤツだ。油断すると焦げる。
温めている間に、焼いた鳥をほぐしてハーブを混ぜ、中に詰める具材を作る。焼いた鳥も市場で買ってきたやつ。
これ、精霊の手伝いはどうなんだろうな? チェンジリングたちには味がしたけど――条件がただ精霊でいいのかどうか。自身に影響を与えてる精霊とか、そんなんだったら手伝ってもらうのはエスの眷属じゃないと難しそう。
「リシュ、行ってくる。夜に遊ぼうな」
リシュに声をかけてふたたび【転移】。
「ただいま。エスとわんわんに味がするだろう物を持ってきた。って、増えてる……」
肌がライムグリーンのでかい男と、妙に体をくねらせる女が、エスに
「どなた様?」
「スコス様とネネト様だ」
少し神々から離れた場所で酒を飲んでいたカーンが教えてくれる。
「招きにあずかっておるぞ」
杯を上げてスコスが言う。
「久々の
チョコレート色の肌にピンクの髪とピンクの口紅。ネネト自身が派手だし、グリーンなスコスと合わさると、本当に派手。
それにしても料理足るか? まあ、酒の類は試しに色々買ってあるから大丈夫かな。
「待ちかねたぞ! 女神エスの前で突然姿を消すとは何事だ!」
わんわんが言う。
「ごめん、俺が最初に出そうとしてたやつだと、エスたちに味がしそうになかったんでな」
「お前、この状態で俺たちを置いてゆくなよ……」
隣でレッツェがぼやく。
わんわん、エスの隣ではなくちゃんとレッツェを護衛してくれていたみたい。人型にもならず、まだ杯もそのまま。もしかしてけっこう義理堅い?
「お前、本当に頼むから……」
俺の肩に手をおいて、絞り出すように言うが、言葉が続かないディノッソ
ハウロンは張り付いた青い笑顔でスコスに
「ごめん、ごめん。あのままだとエスとわんわんが料理に味がしないと思ったもんだから……」
シートの上に料理を並べる俺。
「こっちがエスの土地で取れた物で作った料理、こっちは違うから味がしないと思う」
小一時間ほど待たせたろうか。
「おお、つまみの調達か! なればよし!」
対照的にご機嫌わんわん。犬の体に悪い玉ねぎは、そっちの料理に入ってないから安心していいぞ……。
さっき作ってきたピタパンみたいなのに鳥を挟んだやつ、ひき肉と野菜を炒めた物を挟んだやつ。ソラマメを潰して揚げたコロッケみたいなやつ、豆のディップ、市場で買ったウズラの姿焼き、ハーブを詰めた鳥の丸焼き。
レッツェや俺の側にはサンドイッチ各種、もち明太ピザ、マルゲリータ、チーズ、ソーセージとハム、トリッパの煮込み。
「ああそうだ、これもあったんだった」
エスの市場のあちこちで見かけた豆の煮込み料理。試しに作ってみたやつを鍋ごとどん。皿に盛ってレモン汁、オリーブオイルをかけてエスの神々に回す。
「おお、こいつはなかなか
毒見のように先にスコスが食べ、ネネトに勧める。
「あら、本当、おいしいわぁ。合格よ」
ネネト。
「ありがとう?」
料理の腕に及第点?
「では我らの名を受け取り、契約を」
スコス。
ん? なんだって?
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