第217話 モテる男

 真っ黒な鉄の棒は細かい幾何学模様や呪文が刻まれ、上半分が焼けてオレンジ色をし、先端には炎を宿している。


 走って風を受けても揺らめくことはあっても消えない。


 『王の枝』から陽炎かげろうのように白い何かがたち登る。それは、勢いのまま焼ける鉄の棒を『王の枝』に突き刺すようにくっつけたころには、白銀の髪がくるぶしまである少女の姿になっていた。


 その白い少女が俺を責めるように見る。


 カーン、ロリコン! 「最後くらい愛する女に会わせろ」って!


「あ"あ"あああああああっががっ……!!!」

後ろで叫び声が上がり、振り返ると残った神官が俺をめがけて歩いてくる。本人たちはもしかしたら走っているのかもしれないが、動きが緩慢でそうは見えない。


 伸ばされる痩せた腕は、皺の寄った黒い皮が張り付いている。鉤爪のように伸びた爪が俺に届く前に、カーンが後ろから袈裟懸けさがけに斬って、蹴り倒す。


 床を蠢く斬り伏せられた神官たちは、ベイリスによって砂に巻き込まれ、床石のわずかな隙間に砂と一緒に引き込まれてゆく。


「がっ!」

自分の胸のあたりを鷲掴んで膝をつくカーン。


 カーンからも陽炎が立ち登り、『王の枝』に向かってゆっくり伸びてゆく。黒いもやは途中で女の姿を取る。美しい白い顔に皺を寄せ、唇の隙間からは牙がのぞく。黒い髪と衣装の裾が靄に溶けて、カーンの中に消えたまま、するすると伸びてゆく。


「ああ、なるほど。誤解が一つ、二つ……。来い! 『斬全剣』!」

手の中に現れた『斬全剣』の鞘を払い、『王の枝』を斬る。


 木が立てるとは思えない、金属質な音とともに、枝に残った白い部分が跳ね上がる。


「……っ!」

白い少女の髪が二十センチほどはらはらと切れて落ちる。本体にちょっと白いところが残ってる。その分、精霊も弱まるのか。


 白い少女の驚いた顔が俺を見ている。今までじりじりと進んでいた黒い女が、動きを急に早くして少女をすり抜ける。


 白い少女がまた、俺を責めるように見る。


 はいはい、わかってますよ、っと。


 黒い女は『王の枝』を包むようにして、火を食い止めようとするが、服、指の先、髪と、色が灰色に変わりぽろぽろと何かが落ちて、粉砂糖が溶けるように空に消えてゆく。


 ぎりぎり火が届いていない黒い枝を、先ほどと同じように切り落とすとほぼ同時に、枝をう炎はとうとう全部に回り、燃え上がる。


「がああああああああっ!!!!」

カーンの口から悲鳴が上がる。


 どんどん崩れ、苦悶に歪む黒い女の頭を掴み、枝の方を向いていた顔をこちらに向かせる。


くだれ」


 『王の枝』の契約者は王の地に住まい、枝の恩恵を受ける者全て。ここに民はおらず、たった一人残った王は自分の依代よりしろ黒く染まった・・・・・・王の枝・・・に契約者はいない・・・・・・・・


 こちらを憎々しげに睨む女は、ボロボロと崩れ少女の姿になる。白い少女とそっくりな黒髪の少女。


 馬より小さいくせに、どんどん魔力が吸い取られる。結構きつい。ギリギリと悔しそうに歯噛みしながらこちらを睨む。


「俺が改めて願う、あの男を助けろ!」


 そう言った途端、黒い少女の体から力が抜けた。


「名前は?」

「シャヒラ」


 おとなしくなった少女から手を離し、切り落とした枝を二つ拾う。ての中の白い枝と黒い枝。白い少女が不思議そうに俺を見ている。


 格好つけて、涼しい顔をしているが、きっつい!


「あなたは……」

言葉が続かないらしいベイリスを見て、すぐにカーンに目を移す。


 床に倒れたままのカーンを仰向けにし、枝をそれぞれ手に握らせると、よってきた少女たちがその枝に手を触れる。


 多分、黒いあの女の姿形で、白い髪というのが『王の枝』の元の姿だろう。カーンのロリコンは俺の一瞬の誤解だ。


 白い少女は正気を残した『王の枝』、本体えだに戻られると影響も強くなる、だから狂った黒い自分を拒んでいたのだろう。どうして二つに分かれたのかは知らないけど。


 そして正気でも狂っていても、カーンが好き。


 綱をよったような、筋肉が張りをなくし、カーンが縮んでゆくように見える。黒い精霊が憑いていたことによって、永の年月を生きてきた男。精霊は力の大半を失い、俺にひっぺがされた。


 カーンの頭を膝に乗せたベイリスが、愛しそうに首を抱く。


「シャヒラ」

名を呼ぶと二人の少女が頷く。


 あれ? 二人?


 疑問を追求する間も無く、カーンの手にある二つの枝から根が張り出し、手の中に潜ってゆく。小さな枝から小さな芽が伸び、針のように細かい枝が枝分かれしながらカーンの腕を覆う。


 右手に白い枝、左手に黒い枝。


 ちょっと待ってください、想定してたより倍の勢いで魔力が持っていかれるんですが……っ!


 俺に礼を言うように微笑む二人の少女、謎の信頼はやめてください、きつい、きついってば!


「ああ……」

カーンの体が元に戻り身じろぎするのを見て、ベイリスが声を漏らす。


 少女がベイリスに抱かれるカーンの胸に左右から寄り添って、そして消えてゆく。気づけばカーンの手にあったはずの枝も消えていた。


「カーンが起きたら、このロリコン!って伝えといてくれ」

ゆっくりと規則正しく上下し始めた胸を見て、ベイリスに言い残して【転移】。


 家の中に入る前に、【転移】先のテラスで倒れる俺。顎をぶつけたんですけど! 痛い! でももう動けない。


 どっと汗が出る。魔力切れでだるくて倒れたことはあるけど、ここまでは初めてだ。完全に空か?


 【治癒】もあるし、回復するのはわかっているから不安は少ないんだけど、とにかくきついし、視界もブラックアウトしている。


 顔に冷たいものが当たる。


「リシュ? ごめん、大丈夫だから」

でも今日はもうここで寝ます。


 ふこふこと俺の顔のそばで匂いを嗅いだり、ほっぺたを舐めてくるリシュ。ちょっとくすぐったくって心地いい……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る