第216話 宝物庫
「意味がわからぬ」
「ご主人の手が持ちやすいように四センチボディキープだぜ!」
エクス棒が元気よく答える。
キープと言っているが、実際には目的のために俺の使いやすい太さに変わることもある。これも「ずれ」なのだろうから、あまり太さを頻繁に変えないよう心がけよう。
本人は、コンコン棒として使用されてる限り大丈夫だって言ってるけど、ここの枝みたいに本人が少しづつ認識を狂わせて行くとか怖すぎる。
「『王の枝』に持ちやすさを考慮してどうなる」
「コンコン棒として大活躍中です」
いやもう本当に便利で手放せない。
「人の欲望は様々よね」
案内の精霊さんはさらりと流したが、カーンはものすごく渋面。
「ずれている自覚はある。だから『王の枝』を壊すのは、本当に俺でいいのか聞きたい」
「……」
黙り込むカーンを見上げる俺。
ディーンより縦も横もでかい。厚みのある胸板、太い首、鎧の上からでさえ、腹筋が割れてる想像がつく。おのれ、どいつもこいつもすくすく育ちおって!
「普段なればこの砂漠を渡るもの好きなど他にいはせぬ。しかし今は主たる神の交代の時期、招かれた勇者がこの砂漠に来るやもしれぬし、今後砂漠に住まう精霊の変化も起きよう……」
ああ、転換期って精霊の入れ替えか。人にとっては時代の転換期でもあるな。環境が短い期間にがらりと変わる可能性が高い。
「勇者の守護は光の精霊だ。ここが緑に変わって人が来るようになるとは思えないな」
「あら、光の精霊なのね? 以前は氷と闇の眷属だという話で、最近になって光の精霊から大地の精霊、水の精霊、火の精霊――風の
なかなかここまで情報が流れてこないと言って肩を竦める案内の精霊。
あれ? もしかしてリシュと神々……。まあいいか、嘘はついていない。
「風が止み、新たな召喚主の精霊が力をつけるのには間がある。その間に他の精霊が力をつけることもあろう」
「そうだな」
カーンの言葉に同意しておく。
「お前がここを訪れたのも何かの縁、お前でよい。部屋の中に常備灯がある、その火で『王の枝』を燃やせ。並みの、いや精霊剣でさえ歯が立たぬほど硬いが、火には弱い」
自分の大剣に視線を流すカーン。
その剣で斬ろうとしたことがあるのだろうか?
「何故この中だけ火を使っているんだ?」
ここまで光の精霊の寝床が明かりだった。枝のあるこの部屋に何故わざわざ火を持ち込んだのか。
「もちろん燃やすためだ。この俺の手でカタをつけるつもりだったが、この有様だ」
「神官たちが儀式で呼んだ、火の精霊たちからもらった特別な火よ」
案内の精霊が補足する。
さすがに普通の火じゃないらしい。そして決行する段階でカーンは取り憑かれたのか。
「そういえば案内の精霊さんはなんで協力してるんだ?」
「私はカーンの契約精霊よ、こんな小さなうちからね」
笑顔で両手の人差し指を立てて大きさを示す、ちょっと可愛い。
「もはや俺の魔力で縛れるほど小さくはあるまいに、物好きにもベイリスは逃げ出さぬ」
苦笑するカーン、案内の精霊はベイリスと言うらしい。
「昔の
笑いを引っ込めて、口を引き結び、大きくはないが強い声で告げるカーン。
「わかった」
俺が頷くと、カーンが大剣を持ち直し石の扉に手をかける。
「エクス棒、火がつくと危ないから仕舞うぞ」
「おうよ、ご主人!」
三十センチくらいに縮んでもらって、コートの中、腰の後ろに斜めに差す。ちゃんとエクス棒用のホルスターを作ったのだ。
扉の先は宝物庫。だが、最初に目に入るのは装飾のされた白っぽい石の杯、その中に燃える火。杯を中央に据え、描かれた床の魔法陣、そして等間隔にいる人の姿に近い黒い魔物。
格好からして元神官だろこれ、怖いんですけど。
「あの燃える鉄を『王の枝』に」
ベイリスが耳元で囁く。よく見ると燃え盛る火には一本の金属の棒が突っ込んである。
朽ちたローブを纏った神官たちが、瞳のない
「王が戻ったぞ、控えろ!」
カーンが咆えるように言うと、びくりと体を震わせ動きを止める。
カーンと違って、取り憑いた黒い精霊を抑え込むことはまるでできていない。でも少しだけ、ほんの少しだけ意識があるのか、
「行け」
カーンに短く言われ、火に近付く。
一番近くの神官が突然襲ってきたが、カーンが一刀のもとに斬り伏せる。それでも死なずに這っているし、他の神官たちも言葉にならない何かを唱え始めた。
急いで鉄の棒を掴む。熱い! これ、素手だったら大火傷だ。手袋していて良かった。少し考えればわかることだったが、頭が働かなかった。
魔法陣を描くために避けられたらしい
後ろから何か飛んでくるけど、カーンが軌道をそらしているのか、見当違いの方角に飛ぶので、気にせずまっすぐ走る。
『王の枝』は正面突き当たりの壁の前にある。壁には天井に届くような精霊の木の浮き彫り、据えられた台座の左右には精霊っぽい彫像が並ぶ。
これも繊細な浮き彫りが施された台座には、金糸で刺繍のされた、どっしりした赤い布がかけられ、美しいひだを作りながら流れ落ちている。
台座の下の段に王冠、上に『王の枝』。
美しく、華奢で、珊瑚のように細く枝分かれした黒い枝がある。近づくと黒いヒビが細かく入っているようだ。元の色は白か? 枝はぼんやり光っていて、その色も白。
あれ、本当にエクス棒とだいぶ違うな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます