第218話 一段落

 あちこち痛い目覚めです、おはようございます。


 家の前、テラスで野宿してしまった。さすがに全身バキバキしてるんだけど、起きたらふくっとしたものが隣に。リシュに添い寝してもらっちゃった。


「おはよう、リシュ。もう大丈夫」

俺が起きたことに気づいて、顎のあたりを舐めるリシュをなでる。


 リシュは氷属性があるせいか、暖かいような冷やっとするような不思議な感じ。寝転がったままひとしきりなで回す俺。うちの子可愛い。


 立ち上がって伸びをして、こわばる体をほぐす。空はちょっと明るんできた東雲、やがて曙、やがてあした。日が昇るのをぼうっと見ていたい気もするが、ちょっとまだ疲れが取れてない。


 ああ、風呂から眺めよう。家の中に入り、リシュ用の水を取り替えてから風呂。いつも俺が風呂だとわかると、居間や寝室で適当に過ごしているリシュが今日はついてくる。


 ついてくる距離もいつもより近くて、時々足に体をぶつけてくる。これはだいぶ心配かけたかな?


 エクス棒を置き、コートを脱いでお湯の準備、風呂上がりのバスタオルを出し、湯がかからない場所にバスマットを敷く。エクス棒をくわえ出したリシュがマットの上に陣取ったのを見て、もう一回頭をなでて風呂。


 空の色が変わるのを眺めながら、湯に浸かる。けっこう簡単に幸せになれるな俺。


 風呂から上がる頃には体調も戻り、一応鏡でチェック。よし、顎は割れていないし、どこにも痣はない。


 朝ごはんは、ハムとチーズを挟んだサンドイッチに卵液を付けてじっくり焼いたパンと普通のトースト。サラダを少しとオレンジ、ソーセージ二本、野菜スープ、牛乳。


 サンドイッチにナイフを入れると、チーズが溶け出して目に美味しい。ソーセージはパリッと音が美味しい。味も美味しいけど。


 トーストにバターを塗って、ブラックベリーのジャムを乗せて。まずはバターだけのところをもぐっと。ブラックベリーは甘酸っぱくってこっちもいい。


 また簡単に幸せに。


 朝の散歩と畑の手入れ。


「おはようパル。そろそろトマトが赤らんできたね」

「おはよう。ああ、楽しみだね」

畑でパルがトマトの脇芽を摘んでくれていた。俺も参加。


 主幹と葉の付け根からちょろっと生える脇芽はそのままにしておくと枝になる。放っておくとたくさん実をつけてくれるけど、代わりに栄養が行き渡らないものも出てくる。なので大きなつやつやな実を作るために、ぷつっと折っておくのだ。


 俺が日本から持ってきた野菜や果物の話、こっちの原種っぽいものの話、最近やっていることや行った場所の話など雑談をしながらせっせと作業。


 害虫は来れないようにしているし、小さな精霊も手伝ってくれるしで、だいぶ楽をさせてもらっている。


「あの辺の島は土が良くないね」

「うん、この山から腐葉土を運んでみたり、森から運んで混ぜてみたりはしてるけど」

「南東の方に黒い岩棚があるから、砕いて持っておゆき」


 こんな具合に悩みのダイナミック解決法を教えてもらったりもするし。


 朝の日課を済ませて、放置してきたカーンの元に戻ることにする。リシュがついて来たがったので、一緒だ。だいぶ暑いとは言ったんだけど――宝物庫なら広いから直接転移できるかな? 地下だから外よりはるかに涼しい。


 【転移】したら廊下だった。どうやら中にカーンたちがいるせいでズレた様子、押し出し式です。


「お邪魔します。まだここにいたのか」

冷静に考えると、宝物庫に許可なく出入りするってダメだったな。いや、ここの宝はもらえることになってるからセーフ? ん? 精霊倒してないからもらえない? アウト?


「お帰りなさい。急に消えてびっくりした――ちょっと!」

カーンに寄り添ったベイリスが言う。


「何だ?」

「その精霊は……?」

座ったまま、何だか身構えているカーン。


「俺の愛犬。リシュだ、よろしく」

あ、やべ。リシュがエクス棒咥えてる、このせいか! もう色々遅いのでスルーします!


「ツッコミどころが満載なんだが、まずはシャヒラを助けてもらった礼を言う」

胡座をかいた膝に拳を置き、頭を下げるカーン。


「昔のよすがが現れるけど惑わされるな、みたいなこと言うから、黒精霊が擬態して出てくるのかと思ったぞ」

黒精霊が害をなすのをカーンが抑えてるのかと思ってたら、違った。


 いや、カーンも抑えてたのだろうけど、まだ人を思う元の精霊の部分が残っていた。


 『王の枝』は全体的に色が濃くなって真っ黒になるのかと思いきや、間近で見たら白い部分が残っており、現れた白い精霊も擬態している風には見えなかった。切り離したらその正気な部分を分離できるかな? 程度の判断だったけど、うまくいって良かった。


「黒い精霊を残したのは何故だ?」

「消したらあんた死にそうな気がしたから」

「……」


「そうね、押さえ込んでいたけれど、長い年月抱えて徐々に同化していってたもの。それに人の寿命はとっくに尽きているはずね」

黙り込んだカーンの代わりにベイリスが言う。


 枝を切り離したのも頼りない勘からだったし、黒精霊を消してしまって大丈夫な自信がなかった。白い方がいれば平気かもとも思ったけど、シャヒラがあの時俺に向けた視線からするとダメだった可能性の方が高い。


 白い精霊が消えずに本体である『王の枝』を守れたのは、王であるカーンがまだこの地を愛していたから。『王の枝』は条件をことごとく反故にすると、崩れ消え去る特性があるので、黒い精霊になるとあまり長くない。


 白い精霊が本体である『王の枝』を守っていたのは、自分が消え去るのが嫌なのもあったろうけど、自分が消えると同時にカーンが死ぬのが嫌だったからだろう。


「ダメだったら予定通り焼くなりなんなりするつもりだったし、上手くいってよかった」

美女ベイリスに恨まれるのはぞっとしないしな。


 愛しそうにカーンの頬をなでるベイリス。俺も座り込んで、胡座の中にリシュを抱いてなでている。大丈夫、リシュのほうが断然可愛い。

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