第637話 知識の更新

 ハウロンの地図を頼りに【転移】。


 俺たちが表れると、ぞわぞわと黒い影が引いてゆく。


「なんかこう、人の寝ぐらに無断侵入して追い立ててる気分になってきた」

そういう気分というか、そうなんだけど。


「ランタンがなけりゃ、こっちが圧倒的に弱い立場なんだからね!?」

ディノッソが半ギレまでいかないものの、『何言い出すんだ信じられない!』みたいな反応。


「すぐ緊張感無くすのやめろ」

呆れた感じのレッツェ。


「ピクニックは気を抜くもんじゃないのか?」

「前提に差があるね!」

ディーンとクリス。


「ピクニックから、風見鶏の復旧に切り替わっているのだ」

アッシュ。


「アッシュ様……。間違ってはおりませんが、合ってもおりません……」

弱った感じの執事。


「人の捉え方は千差万別、それでも意思の疎通ができていることが奇跡なのかしら」

なんか哲学的なことを言い出したハウロン。


「切り替えよう。どのあたりだ?」

レッツェが魔法石の確認という本題を進める。


「――あの石柱の手前、かしがず、水平な石畳。この下ね」

ハウロンが地図の書き込みを見ながら歩いて止まる。


 たぶん一人で歩いて場所を指し示せば格好いい感じ。実際はランプの灯りから出ないよう、集団でついて歩いてるけど。


 最初の魔法石がある場所は、滅びた国らしく崩れた石の建物の跡。石畳はヒビが入ったものや、欠けたもの、端が浮いたものがほとんどだ。


 『滅びの国』の人の魂は引き裂かれて、消えることなく彷徨っている。建物も破壊の痕はあるけど、呪いを受けた時のままらしい。


「この石をどかすところからね。よろしく」

ハウロンがディノッソに向かって言う。


「まあいいけどよ」

「手伝います!」

ディノッソが目的の石の周囲の、動かしやすそうな石をどかし始めると、ディーンが自主的に参加。


 ディーンが『ですます』調になると、つい様子を窺ってしまう。ファン、ファンというのは重労働にも幸せを感じるんだ? いや、二人とも精霊のお陰で力持ちだから、30センチ四方くらいの石ならなんてことないのか?


 表面の石をどけると黒い小石が詰まってた。


 俺の島の道とか石畳は、職人さんと雇った人たちが2メートルくらい掘り下げて、大量の石とか砂利とか瓦礫を投入してた。その上の層は漆喰と石を混ぜて固め、上に綺麗に見えるように石のブロックを並べてる。


 本当は硬い岩盤まで掘りたいとか無茶言い出したんだけど、流石に諦めてもらった。浅いところに岩盤があるんで、場所によってはイケるんだけど。


 なお、後から俺がそっと精霊に頼んで岩盤まで間の地面を岩盤並みに固めたんだけど。耐震には拘りたい日本人です。


 ――『滅びの国ここ』はそこまでやってないんだな〜と思いつつ、観察。別にこの造りが悪いと思ってるわけじゃない、時間とお金のかかることだから、何を優先するかはみんな違う。実際ここは地震じゃなく、『王の枝』の反転で瓦解したんだし。


「よっ!」

気合を入れて石のブロックをどける二人。


 石の下には20センチ四方くらいの石の箱。持ち上げたブロックがだいぶはみ出した蓋になってたみたい? 


 中には薄青い色の魔法石、中に魔法陣が見えるんだけど、それがオレンジ色に輝いてる。


「朝焼けの空のようだな」

隣でアッシュが言う。


「そう、この魔法には朝イメージも重要なの。この石には問題ないわ、戻してちょうだい」

「今度は私が」

ハウロンの言葉にクリス。


「じゃあ俺も」

参加参加。


 元に戻した石の裏側にも魔法陣が刻まれてた。馬の国で見たやつみたいだね――俺の島にもあるけど。あふんなやつが。


 こんな調子で魔法石の確認のために『滅びの国』を巡る。外側の魔法石から始めて、風見鶏を終えたら、王城の中庭に進む予定。


 魔法石の配置って、水平らしくって場所によっては結構掘らなきゃいけないことが判明。一回、掘る道具を取りにカヌムに戻って休憩。


「なかなか地道な作業だな」

「数日に分けて考えた方が良さそうね」

ディノッソとハウロンがお茶を飲みながら計画を立て直している。


 旅人の石探しから真面目なことになってる。


「2、3日時間をもらえるかしら? ご先祖様の残した『滅びの国』についての資料、もう少し精査してからの方が時間がかからないと思うわ」

お茶のカップを両手で持って、ため息を吐きそうな顔をしてハウロン。


「資料を見ていいなら手伝うが……」

レッツェ。


 大賢者の資料って門外不出とかありそうだよね。血族しか開けられない取扱注意な感じとか。


「ありがとう。ご先祖様の書き残したものはちょっと特殊で読めないと思うから、その他の資料をお願いしていいかしら。ちょっと古い言い回しが多い文献になるけれど」

「あいよ」


 特殊ってなんだろう? 暗号かなにかかな?


「話に聞く歴代賢者の書き残した『知識の書』でございますか」

微笑む執事。


 お、ちょっと格好いい!


「大賢者の……。なんかジーンのお陰で、いろんな資料が過去のものになってね?」

ディーン。


「……」

微妙な顔になる執事。俺もちょっとしゅんとした。


「色々ね。でも通説が否定されたとしても、いつの時代までその説が信じられていたとか、何故そういう誤解が生まれたとか、そういう検証の資料にはなるのよ」

ハウロン本人は気にしていない様子。


 ディーンとハウロンの資料に対する姿勢は、正しい知識がすぐ欲しい刹那的な冒険者と、過程も気になるライフワーク的研究者って感じ? 俺はハウロン系かな?


 過程と言えば。


「そう言えば、ルフAとルフB――じゃない、パサ国を作ったルフ人とルフ国のルフの混同ってまだ続いてる?」

資料全部読んだわけじゃないから、どこまで混同したまま進んでるのか謎のままでした。


 今も一緒のルフ扱いなのかな?


「……」


 ちょっとの間、沈黙が落ちた。


「……よし、その話は『滅びの国』の問題が解決するまでとっとけ」

「そうだね、一時封印することにしよう!」

レッツェとクリス。


 一番答えてくれそうだったハウロンはダメなようです。

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