第55話 調査の終わり


 素っ裸で川で水浴び。少々浅いので座り込んで頭を洗っている。水は冷たいが、血を被ったままでいるよりはましだ。


 ついでに洗濯。替えがないズボンとかは拭くだけだ、幸い防水だし。レッツェが俺の荷物を持って来てくれ、火をおこしてくれた。


「そういうところは大雑把なんだな。貸せ、洗ってやる」

「ありがとう」

パンツはさすがに遠慮したが、ほかはありがたく。


 掃除洗濯は苦手だ。いっそ全部新しく作りたくなる。家はリシュがいるから掃除してるけど。頭がいいし、何かイタズラすることもないけどな。


 結果、シートの上でパンツ以外の下がない状態でローブです。ローブはレッツエから借りた。服は焚き火で乾かしている。


 次回があったら華麗に倒して軽やかに平常に戻りたいところ。ズボンの替えも持ってこよう。


 レッツエは几帳面だな。いや、几帳面とは少し違うか。


 そう思いながら狐の解体をしている男を眺める。


 火を熾しのために麻縄をほぐしたやつをよく使うんだが、代わりのものがあるなら森で調達し、そっちを優先的に消費する。そんなかんじで、持ってきた物資にはなるべく手をつけない。洗濯や解体の始末も丁寧。それでいてかたっ苦しいことはない。


 ディーンがお手本として紹介するはずだ。一番まともな年上として丁寧語で対応したら、やめてくれと嫌がられたが。


 焚き火のそばでイラクサをごりごりペーストにしているうちに服が乾いた。幸いみんなが戻る前だ。――それにしてもペーストにする作業が存外多い。薬草もごりごりできるし、次回があったらすり鉢も持ってこよう。


「なんだこれ」

「狐」

「いやそれはわかるけどよ」


 ディーンが一番先に戻って来た。三本ツノのオオトカゲを引きずって腰にはヤマドリを提げている。


「やあ、戻ったよ! ――なんだねこれは?」

「狐」


 ほとんど差がなくクリスが戻って来てやはり同じことを聞く。クリスが狩って来たのは二本ツノとヤマシギ。


「いや、狐はわかって――」

「ただいま戻った。――これはどうしたのかね?」

クリスが話し終える前にアッシュと執事が到着。二本ツノと一本ツノ、キジを二匹。


 ほぼ全員同着というか、飯に合わせて帰って来た気配。


「ジーンの狩った狐、二本ツノだ」

「よくご無事で……」

「宵闇の君、怪我は? 青銅ランクですごいではないか! 大金星だよ!」

レッツェの言葉に、執事とクリス。


「そりゃ、俺並みに剣を使うし。探索には慣れてねぇっぽいけど」

「うむ」

一緒に戦ったことのあるディーンとアッシュ。そりゃ、剣のお手本は二人だし。


「ジーンがすごいのは置いといて、トカゲだけかと思ってたけど、まずいだろこれ」

「ああ……」

レッツェの言葉に黙るディーンとクリスに、俺とカヌムに来て一年未満の二人が口をつぐんで三人を見る。


「オオトカゲは長距離の移動なんか滅多にしねぇんだけど、狐は別。狐やら狼の三本ツノがいたら街まであっという間だ」

「そして、三本ツノがいるこの周辺にいるということは、狐も三本ツノになるチャンスは十分にあるということなのだよ。すでに二本だしね」

ディーンとクリスが難しい顔をしながら説明してくれた。


悠長ゆうちょうに狩ってられねぇな。明日の朝一で戻ろう」

ディーンの言葉にみんなが頷く。


 で。夕食だ。


 それぞれ差し出してくる鳥。うん、昼間の唐揚げ、普通は鳥で作るって答えたからかな? 唐揚げを気に入ったようで何よりだが、二食連続か!


 せめてもと、ディーンが持って来ていた固いパンをすりおろして衣にした唐揚げ。なお、おろし器がなかったので、レッツェが持っていた補強用の銅板を一枚もらってツノで穴を開けて作った。すごく理解に苦しむみたいな顔をされたが何も言われなかった模様。


つなぎの卵はないし味付けはニンニクがっつりだし、衣がざっくりした唐揚げだ。唐揚げですよ? 小麦粉は帰りにパンが作れなくなるんでこれ以上ここで消費したくない。


――カツレツは平たいイメージあるよね。


 鳥の下処理は各自やってもらった。血抜きがしてあったのはさすがだと思うが、多いよ! 


 衣に包まれた肉を油に落とすと、シュワシュワと大きな音をたてて泡が勢いよく出る。しばらくすると次第に音が小さくなり、パチパチと高い音に変わると揚げ上がりの頃合い。どっちもいい音だ。


 主食は予定通りイラクサのパスタ。甘物はパン粉の残りのパンを、薄く切って砂糖をまぶして揚げたラスクもどき。


「この短い時間で居住空間ができつつあるのがすごうございます」

「まだ壁を作り始めたところだ」

野営地を見渡す執事に答える。


「探索には慣れてねぇのに、野外生活は慣れてる通り越して異次元だな」

「まったくだ。ここに限らず探索には行っているがこんなのは初めてだよ、宵闇の君」

半眼で言うディーンに同意するクリス。


「街にいる時よりいいもん食ってる気がする……」

唐揚げを見つめるレッツェ。


下味はニンニク、生姜、ワインと魚醤を少々。醤油使いたいのを我慢して、日本酒もブランデーもないから、クリス提供のワイン。益々謎の唐揚げに。


「確実に食べておりますな。このパスタの味はなかなか」

「うむ。唐揚げは鳥の方が好きだ」

アッシュに同意。


 食べ慣れてるせいかもしれんが、やっぱりトカゲより鳥のほうがいい。しかも鶏。そして白飯が食いたい。


 帰りは道中なんの事件もなく、つつがなく。


 後で話を聞かせてくれというディーンと明日会う約束をして俺は家に。ギルドへは帰着の挨拶の顔出しだけで、報告は押し付けた。メインはディーンとクリスだからな。


 書類や人を介した情報ならばすぐに意識の外に追いやられるのだが、顔を突き合わせて報告すると「注目されない」という特典が効かないし。報告はギルドの上の方の人に直接、とカイナさんに案内されかけて脱走して来た。


 何より、一刻も早く風呂に入ってベッドで寝たい!

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