第56話 風呂再び
借家に帰って、暖炉に火を入れる。
暖炉に火を入れるのは、家にいるふりのためもあるが暖炉の精霊に来客を教えてもらうためでもある。暖炉の精霊は普段眠っていてレンガの隙間や灰の中に姿を隠しているが、火を入れると目覚め暖炉の中を飛び回る小さな精霊だ。
日常にいる小さな精霊は弱いけれど、同じ精霊同士で離れていても意思疎通ができるものがいる。特に特定の場所から動けない精霊に多く、暖炉の精霊もその力を持つ。
俺が家にいる間に借家に来客があったら教えてもらえるようお願いしてある。今日は確実に来客がある予定だ。なぜなら、俺が途中で逃げ出したギルドへの報告を終えて、俺の分の報酬をアッシュと執事が持ってきてくれるから。
カイナさんの前でお願いして、彼女にも報酬は二人に渡すようお願いしてきた。対価は風呂。
そういうわけで、借家のバスタブにお湯を半分くらい入れる。風呂場を温める目的と、俺が入った風を装うためだ。こっちの石鹸は使う気が起きないので、風呂は家で入る予定なのだ。
この世界にも石鹸はあるけど、獣脂からできたなんか柔らかい石鹸なのだ。石鹸つくるかな。
おっと、竃にも火を入れておこう。
「リシュ、ただいま」
家に【転移】、駆け寄ってきたリシュをひとなでして、家の暖炉に火を入れる。
のんびり風呂に入って体を洗う、汚れすぎてて泡立たないんですが……。三回くらい洗うはめに。
さっぱりしてリシュと遊んでいたら、暖炉の精霊が騒ぎ出した。騒ぎ出したと言っても、言葉を話すわけではなく火の勢いが強くなり、パチパチという音が大きくなるのだが。
「来客か、ありがとう」
暖炉に向かって声をかけると、大きくなった火が一度ゆらいで元の大きさに戻る。
「ちょっと待ってくれ」
【転移】で借家につくと、扉に向かって声をかけて風呂に向かう。バスタブのぬるくなった湯を抜いて新しい湯を【収納】から出す。
もうもうと湯気が上がったところで、適温よりちょっと高いくらいに水でうめる。温度調整用に水の桶の設置O.K.、タオルO.K.。
「どうぞ」
扉を開けて二人を招き入れる。
「お邪魔する。まずこちらを」
入るなりアッシュが言い、執事がテーブルに金の入った袋を置く。
「ありがとう。風呂は熱めに用意してある、タオルとかは前回と同じで」
「感謝する」
二度目なので詳しい説明はいらない。
風呂の仕切り壁につけた棚から、タオルと籠を執事が持って風呂に入る。水の音がしたのでやはりアッシュの好みより熱かったようだ。
「お嬢様、準備ができましたのでどうぞ」
「うむ」
二人のやりとりを聞きながら、次の用意をする俺。やっぱり狭くても脱衣所をつくるべきだったろうか。長湯をすると持ち込んだバスタオルとか服がしけってしまう気がする。
「すみません」
井戸で水を汲もうとした俺に代わって、
「どうぞ」
「ありがとうございます」
一息ついて執事にお茶を出す、お茶受けはクルミのパウンドケーキ。
「よろしければここのバスタブをどこで購入したかお教え願えませんでしょうか?」
精霊や今回の調査の話題ではなく、風呂の話題。
依頼と素材の販売でまとまった金が入ったので風呂を作りたいのだそうだ。
「パスツール国のエディという町で扱ってるものだ」
「パスツール……。取り寄せに半年はかかりそうです、やはりバスタブは木にいたしましょう」
依頼に三ヶ月、配達に三ヶ月の距離。しかも道中盗賊も出るし、国をいくつかまたぐので領主に取り上げられるリスクもあり、無事につくかどうか不明。噂を聞きつけた貴族の予約でいっぱいですぐに買えないというオチもついている。
飾ってある陶器とあいまって、出身地かなにかと勘違いされた気配があるけど、わざわざ訂正するのも変だしそのままにしとこう。
「お貸しいただいたローブですが、売っていただけないでしょうか」
「いいぞ、もともとやるつもりだったし」
「いえ、それでは申し訳ないので」
どうやら今回の調査の結果で決まった森の奥での討伐に参加するらしく、そのためにもぜひ、ということらしい。野宿の旅、もう一回行くのか……、しかも拠点での宿泊日数長そうだけど。
執事が気を使うので、オオトカゲの皮の値段を参考に代金をもらうことにした。もう一回、今度は大勢で行くならオオトカゲの皮は値下がりしそうだし加工賃なしで。
途中、鍋からタライに湯を移してさらに湯を沸かす。
「ノート、あがったぞ」
ぽかぽかしたアッシュが風呂から出てきた。
「アッシュ、お茶飲んでて」
「手伝おう」
「お嬢様、お休みください」
ノートに言われて、手伝いを買って出たアッシュが椅子に戻る。従者としては主人に風呂の用意はさせられんわな。
バスタブを軽く水で流し、水を少しためたところにタライから湯を移す。
「では失礼して」
執事が着替えとタオルを入れた籠を抱えて風呂に入る。
「ごゆっくり」
閉まったドア越しに声をかけて、アッシュのいるテーブルに戻る。
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