第57話 精霊の力と魔法

 湯上りの女性と部屋で二人。


 ただ、その女性は机の上に肘をつき組んだ手に顔の半分を隠し、眼光鋭く殺し屋のような顔をしている。そのうえ十センチほどの厚さの壁の向こうには、素っ裸の初老の男性がいるわけだが。


 雰囲気殺し屋なのにぽかぽか湯気が上がってそうなシュールなことになってるんだが。頭頂部にアズがいるし。


「どうした?」

その眉間のしわは心配事か、悩み事か、なんだ? 怖い顔でも甘いもの好きなのにパウンドケーキにもお茶にも手をつけていない。


 アズはアズで、どこか居心地悪そうにアッシュの頭でうずくまる方向を頻繁に変えている。大抵肩にいて、俺がいると俺のほうに遊びにきたりするんだが……。アッシュの頭頂部に偽物のつむじが形成されそうだからやめてやれ。


「ああ、すまぬ。ジーンは森で精霊を視たかね?」

「ああ」

顎の精霊と臭いの精霊のおかげで、精霊はフェチ説が俺の中でバッチリ育ち始めている。


「あのようないたわしい状態の精霊を視るのは、宮廷魔道士の暴走の時以来だ」

「……」


 黒い精霊の方か!

 あれはもう見かけたら捕まえたい衝動を堪えるので精一杯だったので。


「――あまり人が魔法を使う場面を見たことがないのだが、普通はどうなんだ?」


 俺が魔法を使う時は手を貸せる精霊ひとだけお願いします、というゆるい力の求め方で細かいのがちょっとずつ力を注いでくれるというか、注ぎすぎる感じなのだが。


「精霊が人に力を貸すのは純粋に気に入ったか、呪文という一種の契約で呼ばれたかだ。精霊が力を貸すのは自身の力の十のうち二ほどと言われる。それ以上は契約や呪文で縛って無理やり引き出すか、魔力でもって存在を壊して引き出すかだ。精霊の力は精霊そのもの、力を使いきったら消える」


「あの溶けたような精霊は存在を壊されたんだな?」

「そうだ。そして黒く染まるのは人間を憎んでいる証拠、術者や周囲にとってもいい影響はない」

最終的に魔物化するんですね? 


 姉が勇者でなく魔王になりそうだ。いや、【精神耐性】つけたかな? つけてなくても鋼のメンタルでスルーしそうだが。側にいる友人一号、二号はどうなんだろう? 壮絶なる同士討ちフラグだろうか。


「聞いていると普通の魔法も使わないほうがいい気がしてくるな」


 精霊が人に力を貸すのって、ただただフレンドリーなだけか? 神々は俺が力を使えば力を貸した神々自身が強くなると言っていたはず。


「いや、精霊は使った分より少し多く力を得て回復、成長する。それに魔力は精霊の存在を安定させるのだそうだ。精霊は火なら火の、水なら水の気配のごときものが、こごって意思を持ったもの。普通は散ってなくなってしまうものを留めるため、精霊にとって魔力は魅力的らしい。無理をさせなければ喜んで力を貸してくれる」


「へえ」

「アズは黒く染まってしまってもおかしくなかったのに、今も側にいてくれる。ついあの精霊たちと比べてしまうのだ」

 

 ああ、怖い顔の理由がわかった。人が黒くしてしまった精霊を見てへこんでたのか。わかりづらい!


「ちょっと待ってろ」

台所にいったん引っ込んで、【収納】から色々引っ張りだして皿に盛る。気分が上向くよう、なるべく華やかに。


「待たせた。執事には内緒で頼む」

「内緒? ――これは」


 アップルシナモンタルト、ショートケーキ、チョコレートのシュークリーム、マカロン。


 もともとはアフタヌーンティーセットを作ろうとしたもので、全部小さめにつくってある。


「菓子だ。どうぞ」

新しいカップに紅茶を注ぐ。


 こっちのお茶はちょっと土臭いというか、戸棚で放置して古くしたような味がするので脇に避けてしまう。


「見たことがないものなのだが」

「ああ、だから内緒。口に合うかはわからないけど、甘いものだから」

「む……」

「忘れるべきものじゃないけど、落ち込むのも健康に悪そうだ」


 あいにく人を慰めるのに慣れていないので、甘い菓子を勧めてごまかそうとする俺。


「すまない、暗くしたか。ありがたく頂く」

一口サイズのシュークリームを口に入れると、眉間のしわが取れて後ろに花が飛ぶような嬉しそうな顔になる。ちょっと可愛い。


「ジーン殿は食べないのかね?」

「俺は食事をとったから。食べられるなら全部食べていいぞ」


 ふろふき大根を柚味噌で、鰤のお刺身とご飯と味噌汁、らっきょう。久しぶりの日本食を堪能した後だ。イカの塩辛でご飯のお代わりもした。


 多分、アッシュたちはギルドの酒場で食事か、その辺の出店で簡単な夕食にしたのだろう。二人以外は今もどこかで酒を飲んでそうだが。


 しばしアッシュが菓子を食うのを眺める。食べている時は無言になることが多く、堪能してくれているようだ。ショートケーキに一番時間をかけていたので、どうやら一番気に入ったようだ。


「この茶も香り高い。リンゴのタルトは食べたことがあるが、別物だ。全て美味しい、特に白いクリームのものが。あの赤い実はなんだったのかね?」

全て食べ終えて、ようやく話し始めるアッシュ。


「イチゴという果物だ」

なんなのかわからないまま食べていいのか、公爵令嬢。出しておいてなんだが、心配になる。


「いかん、幸せだ。自分がこんなに簡単な人間だとは思っていなかった」

「別にいけないことはないだろう。今の方がアズも嬉しそうだ」

今のアズはアッシュの肩の定位置にとまってふくふくしている。


「そうか」

「そうだ」


 元気になったようで何よりです。



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