第411話 島のお仕事する人たち
「それで表の顔として騎士を採用しようかと思うのだけれど」
ソレイユが顔を上げて言う。
「うん?」
それでって言ったけど、何がそれでで、表の顔なの。いや、なんとなく分かるんだけど、わかるんだけどね?
「チェンジリングに対して、うさん臭く思われる方が多いですからね」
にっこりアウロ。
「実際、暗殺稼業が多いからな」
ふんっみたいな顔のキール。
自分で言うのやめてください。従業員が真っ黒だった。
「『青の精霊島』はいいのだけれど、どうも『暗殺者の島』という呼称も囁かれてるのよね」
頬に手を置いて首を少し傾げるソレイユ。
「困るんですけど」
居城のお菓子争奪戦はともかく、畑の野菜争奪戦を誰か目撃した人がいるとか?
――今は品行方正だよね?
「ええ。だから騎士の雇い入れをね。騎士を雇い入れる時は、ある程度舞台を整えての立ち合いをお願いすることになるわ。騎士は格好つけが命みたいなところがあるから」
ソレイユの説明に、そういえばクリスの弟くんの時にそんな話がでたな、と思い出す。いやでも――
「舞台?」
まさか本当に舞台でやらないよね? 劇場できてたけど。
「そこは騎士本人の性格ね。大勢の人の前で喝采を望む者もいるし、荘厳な雰囲気を望む者もいるし、仕える相手との手合わせを望む者もいるし。――うちは島だし、好戦的な騎士を雇う気はないけれど」
ここを訪れる賓客は商人だし、とソレイユが肩をすくめる。
「今はさほどでもなくとも、過去に勇名を馳せた方がちょうどよろしいかと」
「今は力面では役立たずな自覚があるのがいいな。ふんぞり返えられても面倒だ」
アウロとキール。
本気でお飾りの騎士を探す気のようだ。
「何にしても騎士の叙任には、剣を捧げる相手である領主は不可欠だからよろしくね」
にっこり笑ってソレイユが言う。
「面倒そうだな〜。もう領主ソレイユで良くない?」
「我が君?」
アウロからなんか圧が。
「無茶言わないで」
呆れた様なソレイユ。
「諦めろ」
キール。
却下された。三人が三人とも俺に変な眼差しを送ってくる中退散。とりあえずぶらぶらと街歩きをするべく、城塞側の広場を抜け、街の広場へ。
とりあえずメイン通りに面した街並みはほぼ完成したみたい? すれ違う人に資材を運ぶ人も多いので、路地の中はまだまだ工事中のようだけど。
石畳の石の色が変わっているとこがあると思ったら、精霊が膜のように張り付いてた。これはあれですか? 石の裏側に魔法陣が描いてある?
おじいちゃん頑張りすぎじゃないか?
そう思って街の広場の中央、『精霊の枝』を見る。水路を通って水が流れ込む緑の一角。植木職人……じゃない庭師のチャールズが手入れをする緑あふれる一角。
そして入り口の五、六段の短い階段に、膜みたいな精霊が張り付いている。
これ踏んでいいの? 玄関マット?
入り口の左右には衛兵。城塞に立つ衛兵さんと同じデザインだけれど、前掛け? タスキ? 掛けている布の色が違う。城塞の衛兵は青が基本色、そしてこちらは緑。鮮やかな、とはいかずモスグリーンっぽいけど綺麗な色だ。
「あ、ニイ様!」
受付用の小さなスペースから声がしたかと思うと、少女が飛び出してくる。
「こんにちは!」
「おう、こんにちは!」
この子は俺が来ると、お駄賃を期待して集まってくる子供たちの一人だったはずだ。
小さい子に先を譲っていたのでなんとなく覚えているけど、すぐに見なくなった。一番年上だったから、子供たちと混じって、の年ではなくなったんだなって思っていたんだけど。
「パウロル様にご用事ですか?」
元気よくまろび出てきたかと思ったら、急に一呼吸おいておすましした笑顔。
「うん。いる?」
「はい! 案内しますね!」
でもすぐに破顔して元気よく。
「お仕事はいいの?」
「案内も私のお仕事なんです。精霊の庭は昼間の間は出入り自由だし、お城の人か、たくさんお布施をくれた人を、パウロル様かオルランド様のところに案内するの」
後ろを振り返りながら歩いていく。
「危ないから足元見て」
「はーい」
元気よく返事をして、精霊の張り付いた階段を踏む少女。
『あふん』
よし、わかった。俺は踏まない!
階段の手前で踏み切って、上に着地し目を丸くした衛兵さんに手を振って挨拶。俺のことを認識するってことは、しゃべったことある二人のはずだけど、いつだろ。
「お父さん、お客さんが来たらよろしくね!」
右の衛兵さんに少女が言葉を投げる。
困った様な微妙な笑顔を俺に向ける衛兵さん。なるほど、元々の島の人なら俺のこと知ってるな。最初に集めて話しをした時は、だいぶくたびれた感じだったけど、今は身綺麗にして若返ったみたいな印象の人が多い。
服が違うと思い出せないんだよ! 俺はどうも人を記号に置き換えて覚えているっぽい。眼鏡とか髭とかね。
それにしてもおじいちゃん、階段に一体どういう効果を期待して、どういう精霊つけてるの? ――って、おじいちゃん精霊見えないのか。
この階段が、あふんあふん言ってるの聞こえるの俺だけ? えー……。
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